太田述正コラム#1867(2007.7.16)
<現在のパキスタン情勢をどう見るか>(2007.8.25公開)

 (本篇は情報屋台用のコラムを兼ねており、即時公開します。)

1 始めに

 パキスタンの赤のモスクに立て籠もったイスラム過激派とパキスタン政府治安部隊との攻防戦は、7月3日から11日まで1週間余りにわたって続き、治安部隊要員11人を含む102人の犠牲者を出して治安部隊側がモスクを制圧して決着したことはご存じのとおりです。

 毎日新聞は16日、「<赤の>モスクが運営する神学校が所属した「パキスタン神学校連盟」幹部の宗教指導者7人▽ハク宗教問題相▽ドゥラニ情報相▽タリク副情報相▽最大与党のパキスタン・イスラム教徒連盟クアイディアザム派幹部の計11人<は、パキスタン政府治安部隊>突入前日の9日、アジズ首相と面談。最後の説得をモスク前で試みる許可を得た。この交渉にモスクや神学校を管轄するハク宗教問題相らが同行。・・、交渉は9日午後6時、同モスク前で始まった。午後11時半すぎまで続いた交渉は、(1)ガジ師を中部ムルタン近郊の実家に軟禁し、そこまでの移動の安全を保障する(2)同モスク傘下の神学校の運営を同連盟に移管する(3)武器をいったん同連盟に引き渡し、同連盟が政府に渡す−−ことで双方が合意した。交渉は当初難航したが、閣僚や与党幹部が同席していたことで、ガジ師も軟化していったという。この合意内容はすぐに大統領府に「降伏条件案」として提示された。しかし大統領側が約2時間後に出した回答は「全項目の拒否」だった。その上で「身の安全は保障されない」など新たな条件をガジ師に突きつけた。ガジ師は「話が違う」と激怒し、交渉は事実上終わった。強行突入が始まったのは、その2時間後だった。」と報じました(
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070716k0000m030075000c.html  
。7月16日アクセス)。
 これが本当だとすれば、パキスタンのイスラム過激派のみならず、一般国民までムシャラフ政権に愛想尽かしをしても不思議ではありません。

 なお、ジャーナリストの嶌信彦氏や元総理補佐官の岡本行夫氏は、それぞれ、赤のモスク制圧へのイスラム過激派の反発によって、米英の対テロ戦争の重要拠点でありかつ核保有国たるパキスタンのムシャラフ政権が打倒される懼れを口にされています(15日及び14日のTVニュース番組による)。

2 本当のところは?

 毎日新聞や嶌・岡本両氏の指摘は正しいのでしょうか。

 まず、毎日の記事についてです。
 毎日とはかなりニュアンスの異なる報道をしたのが英BBCです。
 この報道の要旨は次のとおりです。

 赤のモスクに立て籠もったイスラム過激派の大部分は旧ムハンマド軍(Army of Mohammed=Jaish-e-Mohammad)要員であったと見られている。
 ムハンマド軍の前身は、インド支配下のカシミールの親パキスタン・ゲリラを支援するために、ある過激な聖職者(Maulana Masood Azhar)によって設立された団体であり、この団体にはパキスタン諜報当局の息がかかっていた。
 ところが、この聖職者がインドで逮捕され投獄されたために、この団体は開店休業状態になる。
 1999年にこの聖職者がハイジャックされたインド航空の乗客との交換で釈放されると、彼はパキスタンでムハンマド軍を新たにつくった。その際、拠点として使われたのが赤のモスクだった。
 このムハンマド軍が2001年12月のニューデリーのインド議会襲撃事件に関与したとの疑いを持ったムシャラフ政権は、翌2002年1月、ムハンマド軍を非合法化し、この聖職者を拘束した(
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/1804228.stm
。7月16日アクセス)。
 しかし、ムハンマド軍の残党は引き続き赤のモスクを拠点として使い続けた。 
 やがて、赤のモスクはムハンマド軍の残党によって事実上乗っ取られるに至る。
 このモスクの副代表であったガジ(Abdul Rashid Ghazi。代表である兄Maulana Abdul Azizは、女装してモスクを逃げ出し逮捕された)師は、パキスタン政府側との交渉で政府側から提示された条件を飲む用意があったのだが、旧ムハンマド軍の要員達がこれを許さなかった、というのがことの真相だ。
 (以上、特に断っていない限り
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/6897683.stm  
(7月15日アクセス)による。)

 一体、毎日とBBCのどちらが正しいのでしょうか。
 こういう場合、私は一も二もなくBBCの肩を持ちます。
 英国はパキスタンの旧宗主国であり、英国政府や英国のプレスがパキスタンに築いている人脈の質と量は、日本政府や日本のプレスが逆立ちしてもかないません。
 恐らく、毎日の特派員は、イスラム過激派筋の言ったままの話をクロスチェックを十分せずに記事にしたのだと思います。

 そうなると、嶌氏や岡本氏の指摘にも疑問符がつかざるをえません。

 もとより、パキスタン情勢が緊迫の度を増していることには疑問の余地はありません。
 モスクが制圧された11日、ただちにアルカーイダのナンバー2のザワヒリ(Ayman al-Zawahiri)は、ムシャラフ政権に対する聖戦を呼びかけました(
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/6293914.stm  
。7月12日アクセス)し、モスク攻防戦の初日の3日から始まっていたところの、イスラム過激派によるパキスタンのアフガニスタン国境地域におけるパキスタン治安部隊に対する自爆攻撃により、14日には24人の死者が出、15日には、2件で計49人の死者が出ており、3日からの累計では103人の死者が出ています(
http://www.nytimes.com/2007/07/15/world/asia/15cnd-attack.html?ref=world&pagewanted=print  
。7月16日アクセス)。
 そして15日には、アフガニスタン国境地域の部族地域のうちの北ワジリスタン(North Waziristan)においてパキスタン政府が昨年9月に部族長達と締結した協定・・部族長達がタリバンやアルカーイダがアフガニスタンに出撃するのを抑える代わり、パキスタン軍は同地域でタリバンやアルカーイダ掃蕩作戦を行わないというもの・・をパキスタン政府が破って部隊を展開したとして、同協定の破棄を部族長達が宣言しました(
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/07/15/AR2007071500396_pf.html  
。7月16日アクセス)。

 しかし、ニューヨークタイムスは、13日にパキスタンのイスラム教諸政党が呼びかけたモスク武力制圧に反対する集会への各地での参集者が予想外に少なかったことから、イスラム過激派はパキスタン一般国民から完全に浮き上がった存在になっていることが明らかになったとしています。
 そして同紙は、イスラム過激派が行動できるのは、基本的にアフガニスタン国境地域だけにおいてであろうと見ています。
 私は米国のプレスは英国のプレスほど信用していませんが、パキスタンのような米国にとって戦略的に重要な国に関する報道は、豊富なソースを踏まえてなされるだけに、傾聴に値すると思っています。
 やはり、嶌氏や岡本氏の懸念は杞憂なのではないでしょうか。
 
 とはいえニューヨークタイムスも言っているように、もともとクーデタで政権を奪取し、いまだに陸軍参謀長の職にとどまる現役軍人であるムシャラフ大統領に対し、非軍人への「大政奉還」を求めるパキスタン一般国民の声が強まりつつあることから、ムシャラフ大統領は安心できるような状況ではありません。
 (以上、基本的に
http://www.nytimes.com/2007/07/15/weekinreview/15rohde.html?ref=world&pagewanted=print
(7月16日アクセス)による。)

3 終わりに

 最新のパキスタン情勢を例にとって私の国際情勢分析手法の一端をお示ししました。