太田述正コラム#1855(2007.7.8)
<英国・パキスタン・イスラム過激派(続々)>(2007.8.18公開)

1 始めに

 パキスタンの首都でのモスク立て籠もり事件についても、その後の動きもあわせ、もう少しご説明しておきましょう。

2 モスク立て籠もり事件の背景

 パキスタン政府は、一貫してイスラム過激派(Islamist militants)を対外政策の手先として使ってきました。
 その典型例は、印パ分離独立以来続いてきたカシミールでのインドとの戦いにおいて、実際の戦闘の大部分は、パキスタン軍ではなく、イスラム過激派が担ってきたことです。
 また、ソ連がアフガニスタンに侵攻した時には、パキスタン領内の根拠地からイスラム過激派をアフガニスタンに出撃させてソ連と戦わせたものです。
 だからこそ、ムシャラフはイスラム過激派に甘いのだ、とパキスタン内外のムシャラフ批判勢力は彼を批判してきました。
 最近では、ムシャラフはイスラム過激派をあえて泳がせて、世俗的な反ムシャラフ勢力を牽制している、という批判まで行われるようになっていました。
 問題のモスク(Red Mosque、または Lal Masjid)に拠る連中にムシャラフが手出しをしないのは、まさにそのためだ、というわけです。
 さりとて、このモスクを制圧して流血の大惨事となれば、これもまたムシャラフにとっては致命傷になりかねません。
 しかし、今年前半、パキスタン領内を根拠地とするタリバンのアフガニスタンでのテロ・ゲリラ活動が活発化したことで、ムシャラフに対する、イスラム過激派を取り締まれとする圧力が更に強まってきていました。
 そして、連中が支那人のマッサージ嬢に手出しをした(コラム#1851)際、中共政府から、首都で誘拐・拷問もどきが支那人に対して起きるとは何事だ、という強硬な抗議を受けたことが、ついにムシャラフにこのモスク制圧を決意させたようです。
 (以上、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/6274018.stm 
(7月7日アクセス)による。)

3 このモスクについて

 このモスクには、女性用のマドラッサ(神学校)が併置されており、車で数分のところには男性用のマドラッサがあります。
 これらのマドラッサは無料であることもあって、その5,000人強の神学生は、アフガニスタン国境地域を始めとする貧しい地域の出身者が大部分を占めています。
 このモスクの近傍にパキスタン軍の諜報機関であるISIの本部があり、アフガニスタンでの対ソ連戦がたけなわであった1980年代には、このモスクはこの戦いの司令塔の一つとなり、ISIがこのモスクを通じて「戦士」にカネを渡したり「戦士」の訓練を行ったりしていました。ISI要員自身、このモスクで礼拝をする者も少なくありませんでした。
 また、当時のパキスタンの独裁者のジアウル・ハク将軍(コラム#1843)は、当時のこのモスクの指導者のお友達でした。
 1990年代終わりにこの指導者が暗殺されると、このモスクは彼の息子2人によって引き継がれて現在に至っています。
 その頃は、この兄弟は、アルカーイダやオサマ・ビンラディン(コラム#191、193)との関係を誇っていました。
 2001年の9.11同時多発テロ以降は、彼らはアルカーイダとの関係は否定するようになったものの、米国に対するジハードを唱え、米国に追随するムシャラフを批判してきました。そして、このモスクは今度はムシャラフ暗殺計画や、デンマークでのムハンマド風刺漫画に対する抗議運動(コラム#1069、1078〜81、1084、1087、1090、1096)の司令塔となったとされています。
 (以上、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/6503477.stm
(7月7日アクセス)による。)

4 最新状況

 モスクの指導者たる兄弟中の兄の方は、女装して逃れようとして捕まり、メディアの嘲笑を浴びていますが、弟の方はモスクに立て籠もったままです。
 これまでに約1,200人がモスクの外に出ましたが、依然数百名が立て籠もっています。
 死者は19人のまま、増えていません。
 ムシャラフ大統領は、7日、降伏しなければ殺害するまでだ、という最後通牒を彼らに発しました。
 (以上、
http://www.guardian.co.uk/pakistan/Story/0,,2120156,00.html  
(7月6日アクセス)、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/6281228.stm
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/07/06/AR2007070600260_pf.html
(どちらも7月8日アクセス)による。)
 どうなるか、見守ることにしましょう。
 流血の規模がさほど大きくなければ、ムシャラフの人気が若干は持ち直す可能性もあります。

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<太田>
 読者とのやりとりをご紹介します。

<田吾作>
 昔私が調べたもので現在は知識を更新できる環境に無いので過去のデータですが、以下のようなものがありました。

1.日経新聞縮刷版の目次

 新聞には地方版があり、同一の新聞でも刷版が違うものがありますので、記事の選択基準は良く分かりませんが、事件の発端、経過、終端が専門の目次版製作者により記載されているもの。かって日下 公人が年間の目次を集めた版を計画し出版しましたが、情報価値の目利きがそれほどいなかったためか年間版は廃止されました。

2.国立国会図書館新聞資料室新聞切抜資料

 国内主要紙の記事を分類別にファイルした独自の新聞切抜資料(昭和23年〜平成4年)。
 国会議員の政策立案に役立てるように特定のデータについて新聞の切抜きを集めた物であり、現在更新はなされていないが過去のファイルは利用できます。一回実物を見る事をお勧めします。

3.大宅荘一文庫

 週刊誌の蔵書で有名、出版社や国立国会図書館に無い週刊誌のバックナンバーが保存されています。

4.国立民俗学博物館Human Relations Area Files (略称 HRAF フラーフ)

 「・・みんぱくは、これらすべてを所蔵しています。HRAFの情報すべてを提供できるのは、国内ではみんぱくのみです。 ・・」
 例えば「煙草(タバコ)」ならば、タバコについて記載されている世界中の文献の該当するページがファイルされています。

<太田>
 情報提供、どうもありがとうございました。