太田述正コラム#1634(2007.1.24)
<ティンメルマン電報>(2007.8.13公開)

1 始めに

 米国の第一次世界大戦参戦の決定的要因となったティンメルマン電報(Zimmermann Telegram)について解説しておきたいと思います。

2 米国の第一次世界大戦参戦まで

 日本では、ドイツが無制限潜水艦戦を開始し、英国の客船ルシタニア号が米国人乗客を128名を載せてドイツの潜水艦に撃沈されたことで米国が第一次世界大戦(1914〜18年)に参戦したと思いこんでいる人がいますが、ルシタニア号事件は1915年のことであり、当時の米大統領のウィルソンは、(客船への攻撃を含む)無制限潜水艦戦を止めよとドイツに要求しただけでした。
 1917年1月にはドイツが無制限潜水観戦の再開を宣言しましたが、それでもウィルソンは2月にドイツと国交を断絶しただけでした。
 米国の政府と世論が対独戦へと一挙に傾いたのはティンメルマン電報が暴露された同年3月の時点です。
 そして、ドイツの潜水艦によって米国の商船3隻が撃沈された後、同年4月6日、ついに米国はドイツに宣戦するのです。
 米国のオーストリアへの宣戦は同年12月になったことを見ても、米国の参戦は英仏に加担するためというより、米国による対ドイツ防衛戦争として開始されたことが分かります。
 (以上、
http://en.wikipedia.org/wiki/World_War_I、及び
http://www.age-of-the-sage.org/history/zimmermann_telegram.html
(どちらも1月24日アクセス)による。)

3 ティンメルマン電報

 ドイツのティンメルマン(Arthur Zimmermann)外相から駐メキシコ・ドイツ大使宛の暗号電報(下掲)を英国の諜報要員が傍受し、この暗号電報を英海軍暗号解析班が1917年1月17日に解読します。

<電報の内容>
 「われわれは2月1日に無制限潜水艦戦を開始<(再開)>する。とはいえ、われわれは米国に引き続き中立を維持させるために努力する。しかしそれに失敗した場合は、われわれはメキシコに以下の内容の同盟を提案する。すなわち、<ドイツはメキシコと>戦争と和平をともにし、<メキシコに対し>大いに財政的支援を行うとともに、<メキシコから1836年に独立して後に米国に合併された>テキサスや<1846〜48年の米墨戦争で米国に奪取された>ニューメキシコとアリゾナをメキシコが回復することを了解する。
 細部の取り決めは閣下にゆだねる。閣下は、米国と<ドイツと>の戦争勃発が必至となったら、<メキシコ>大統領に秘密裏にすみやかに上記を伝達されたい。またその際、メキシコから日本に対し、直ちに<メキシコの>味方になるように働きかけるとともに、<メキシコに>日本とわれわれとの間を取り持つよう、メキシコに示唆していただきたい。
 また、<メキシコ>大統領に対し、<ドイツが>潜水艦を容赦なく駆使することで、英国を数ヶ月のうちに和平へと追い込む展望が開けたことに注意を喚起していただきたい。」

 この解読された電報は、英国のバルフォア(Arthur James Balfour)外相が駐英米国大使に手交し、更に2月24日にウィルソン大統領の手に渡るのですが、3月1日には米国の報道機関がこれを一斉に報じます。
 当初米国世論はこれを偽造されたものと考え、在米のドイツ、メキシコ、日本の外交官達もそう主張しました。
ところが、ドイツのティンメルマン外相その人が3月3日にそれが本物であることを認め、29日には声明を発します。
 その声明は、この電報は、メキシコの大統領に宛てたものではなくドイツの駐メキシコ大使宛の内部文書であり、それが安全だと思っていたルートで送達されたにもかかわらず明るみ出てしまったと暗に米国政府を非難した上で、メキシコ政府への提案はあくまでも米国が参戦した場合の話であり、何ら米国に対する背信行為ではないと主張し、米国がこの電報を傍受した後対独国交断絶を行っために爾後ドイツが米国と交渉することが不可能となったのは遺憾であると述べたものでした。
 このドイツ政府の正直さは完全に裏目に出て米国の世論は激高し、結局4月の初めにウィルソン大統領は、ドイツの無制限潜水艦戦とこの電報を挙げて対独宣戦布告を米議会に求め、上述したように議会は4月6日に対独宣戦布告を発するのです。

4 補足

 英国は米国を参戦させる決め手としてこの電報を使おうとしたわけですが、悩ましい問題を抱えていました。
 英国がドイツの暗号を破っていたことを知られたくなかったというのが第一点です。
 第二点は、英国がこの電報を傍受したのは米国の海底ケーブルの英国内の中継所からであったところ、このように英国が米国の外交通信を傍受していたという事実を米国政府に知られたくなかったことです。
 (当時米国は、対独信頼醸成措置として、ドイツに米国の外交通信網を利用することを認めていた。問題の電報は、ベルリンの米国大使館からコペンハーゲン経由でワシントンに送られ、そこで駐米ドイツ大使に渡され、駐米ドイツ大使から更にメキシコ駐在ドイツ大使に通常の民間電報として送達された。当時米国は外国の外交通信については、傍受も暗号解析も行っていなかったので、ドイツは安心してこのルートで暗号電報を送達できた。)
 なお、メキシコは、米国から旧領土を奪還したところで将来再び米国取り返されるのは必至であるし、奪還した領土のイギリス系の人々を統治するのは至難の業である上、ドイツがメキシコを支援できることは限られている、という判断から、4月14日、ドイツの提案に拒否回答をします。
 (以上、
http://www.age-of-the-sage.org/history/zimmermann_telegram.html
上掲、及び
http://en.wikipedia.org/wiki/Zimmermann_Telegram
(1月23日アクセス)による。)

5 コメント

 当時のドイツが米国とメキシコの力関係を全く分かっていなかったことや当時の米国の諜報・秘密保全能力のお粗末さ、そして当時の日本の存在感の大きさが良く分かります。
 英国からすれば、この米独両国など赤児のように思えたことでしょう。