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太田述正コラム#0074(2002.11.11)
<アングロサクソンと北欧神話(アングロサクソン論3)>



 今まで随時、アングロサクソン論を展開してきましたが、このあたりでアングロサクソンとは何かを振り返っておきましょう。
5世紀に、スカンディナビア及び北ドイツから様々なゲルマン支族がイギリスに渡ってきて、ケルト系先住民のブリトン人(=ローマ文明を継承できていなかった)を辺境に駆逐した上で定住し、相互に通婚してアングロサクソンとなります。(8世紀にベード(Bede)は、アングル支族、サクソン支族、ジュート支族の三支族が渡ってきたと記しましたが、これは単純化しすぎだと言われています。)(Historical Atlas of Britain, Kingfisher Books, 1987 PP30)
 このアングロサクソンは、7世紀末までにキリスト教化します(前掲Historical Atlas of Britain PP32)。アングロサクソンの部分的ローマ化、欧州化です。
しかし、9-10世紀には、アングロサクソンは、まだキリスト教化していない、デンマーク(一部ノルウェー)のバイキング(デーン人)の侵入、定住化を経験します。(前掲 PP38)(なお、11世紀初頭には、アングロサクソンは、後にデンマーク王とノルウェー王を兼ねることになる、デーン人(その頃には既にキリスト教化していた)の王族カヌートに一時征服されます。(前掲 PP52))
 更に1066年には、アングロサクソンは、フランス北部に侵入、定住したバイキング(ノルマン人)の子孫である、ノルマンディーの領主ウィリアム公に征服されます。(前掲 PP55-57)
 このように、アングロサクソンは、もともとゲルマン人としての純粋性を維持していた上に、キリスト教化した後も、累次にわたってかつての同胞であるバイキング・・キリスト教化していなかった者も少なくなく、しかも、極めて能動的(=悪く言えば、好戦的で侵略的)でした・・の侵入、定住化、征服を受け、その都度、ゲルマン精神を「再注入」させられ、「純化」させられたのです。そのおかげで、アングロサクソンは、精神のローマ化・欧州化を基本的に免れることができたのです。(アングロサクソンとノルマンの同根性、同質性を強調するのがBBCの歴史サイトです(http://www.bbc.co.uk/history/war/normans/society_01.shtml。11月10日アクセス)。)
 アングロサクソンの国イギリスは、19世紀には世界の覇権国となりますが、同じアングロサクソンがつくったもう一つの国が20-21世紀の覇権国米国であることはご承知の通りです。



 次に、ゲルマン精神とは何かということですが、その手がかりは北欧神話(Norse Mythology)にあります。
 世界中に神話はあまたありますが、その苛烈さと哀切さにおいて、北欧神話の右に出るものはありません。
 北欧神話は、まことに奇妙な神話です。
 アスガルド(神々の家)に住むオーディンを頂点とする神々は、自分たちがやがては悪の力に抗しきれなくなり、滅びるであろうことを知っています。神々にしてそうなのですから、下界にいる人間に至っては、巨大な悪に翻弄される、まことにはかない存在にすぎません。
 いかなる勇気、忍耐、偉業によっても、人々は自らを破滅から救うことはできません。
 にもかかわらず、男であれ女であれ、命をかけて雄々しく悪と戦わなければなりません。
 悪との戦いに身を捧げ、勇敢に死を迎えることによってのみ、人々はアスガルドの一角にあるヴァルハラに憩うことが許されます。
 しかし、ヴァルハラの住人たちも、やがてくる神々と悪との最終決戦に、神々の側に立って戦い、神々とともに滅びる運命を免れることはできないのです。



 後生、カルヴィニズムの決定論(=ある人間が神によって救済されるか否かは最初から決まっている)が、逆説的にカルヴァン派信徒に能動的な生き方を促すこととなったとすれば、北欧神話における悲観論的決定論もまた、逆説的にゲルマン人の能動的な生き方の源泉であったのではないでしょうか。
 この北欧神話は、キリスト教の圧倒的影響下、ゲルマン人を祖先とする人々の表層的記憶(伝承、記録)からは異端としてぬぐい去られ、わずかにアイスランドの叙事詩エッダに受け継がれているだけです(ただし、イギリスの叙事詩「ベーオウルフ」や、ドイツの叙事詩「ニーベルンゲンの指輪」の中にもその痕跡をとどめています)が、もともとは、ゲルマン人共通の神話だったのです。
(以上、基本的にEdith Hamilton, Mythology-Timeless Tales of Gods and Heroes,  Little, Brown & Company (ペーパーバック版。原著は1942年)PP300-301 による。)
 
 自由と正義に基づいた国際秩序の確立を唱え、自軍の犠牲を顧みず、また自国の経済・財政事情は二の次にして、フォークランド戦争、湾岸戦争をそれぞれ敢然と戦ったサッチャー英首相(当時)及びブッシュ(シニア)米大統領(当時)、そして今度イラクを懲らしめるとともに、その体制変革をも視野に入れた戦争の火蓋を切って落とそうとしているブッシュ(ジュニア)米大統 領には、北欧神話の主人公たちを彷彿とさせるものがあると私は思うのですが、いかがですか。



http://www.atimes.com/atimes/Front_Page/EA11Aa02.html。1月11日アクセス。
(このコラムは、自衛隊部内紙「朝雲」(1991.3.21)の「募集譚」欄の拙稿に加筆したものです。)



<用語の意味>
大分類:ケルト、ゲルマン、スラブ
小分類:ゲルマン中の第一次分類:サクソン、バイキング(ノースマン)・・
          第二次分類:アングロサクソン、ノルマン・・
     (ちなみに、バイキングはデンマーク、ノルウェー、アイスランドを故郷とする                       ゲルマンを指し、アングロサクソンはイギリスに定着したサクソン等を指し、ノルマンはフランスのノルマンディー地方に定着したバイキングを指す。アングロサクソンは世界各地を征服し、或いは植民地とし、ノルマンはイギリスを征服し、南イタリア及びシシリー島を植民地とした)
     ケルト中の分類:ブリトン(イギリス)、ヘルヴェト(スイス)

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