太田述正コラム#0150(2003.9.11)
<国際情勢と企業のリスクマネジメント(その1)>



 (これから六回の連続シリーズでお送りする標記コラムは、「国際情勢と企業経営の関わりいかん」という質問をあるところから受け、8月中旬に提出した「回答」ペーパーです。

問題が一つあります。ペーパーの途中から表が多用されるのですが、表はテキストファイル形式のメールでは送れないことです。
 最初は、ホームページ(http://www.ohtan.net)の時事コラム欄にすべての表をまとめたコラム#151を掲載し、ホームページにアクセスして参照していただこうとしたのですが、表の表示がうまくいかず、あきらめました。
 そこで恐縮ですが、表をご覧になりたい方は、ohta@ohtan.net宛、ご請求ください。すべての表を一括、MS word 添付ファイルでお送りします。
 なお、コラム#153の内容は一部コラム#137とオーバーラップすることをあらかじめお断りしておきます。)
 



?? 始めに



 本稿では、グローバル化の時代において、日本の企業が国際情勢をふまえていかにリスクマネジメントを行っていくべきかを考えてみたい。



日本企業の国際化時代の始まりは、日本が戦争の惨禍から立ち直り、輸出立国としての足場を築き、東京オリンピックを開催するに至った1960年代前半であろう。
 この頃を境にして日本企業は、貿易や投資、或いは為替が逐次自由化されていくという企業環境の変化・・いわゆる国際化・・にいかに適応し、生き抜いていくかが問われ始めた。
 しかし、東西冷戦という基調の下で、国際情勢が比較的安定していたことも幸いし、国際化時代とは言っても、日本企業が自ら国際情勢を判断し、主体的に行動する必要性は乏しかった。
すなわち、この時代にあってもなお、国際情勢は企業のリスクマネジメントの重要なテーマにはなりえなかったといえよう。
しかし、現在では世界は単一市場化の方向に向かいつつあり、いわゆるグローバル化の時代にわれわれは生きている。
企業活動を規制する法律・制度も、グローバルスタンダード化が加速している。
こうした中で日本企業は、単にプレーヤーとしてだけでなく、欧米諸国の企業のパートナーとして、新しい企業像の在り方や、ルール造りなどにも率先して参画していくことが求められている。更に、日本経済はすでに長期的な成熟期に入ったと考えられる一方、中国の台頭やインドの目覚めなどにより、日本企業が活躍を期待される世界の舞台はますます拡大し、多様化している。
加えて、冷戦終焉後の国際情勢は、冷戦期に比べてはるかに不確実、不透明なものとなっており、その傾向は9.11同時テロ以降一層つのってきている。
日本企業は、もはや国際情勢の荒波に翻弄される存在にとどまっているわけにはいかない。グローバル化の時代とは、各々の企業が、国際情勢を自分の問題として受止め、判断した上で適切に行動しているかどうかが厳しく問われる時代であると臍を固めるべきであろう。
すなわち、いまや国際情勢は企業のリスクマネジメントの重要なテーマなのだ。



国際情勢については、長期的な基調と短期的な変動とに分けて考察するのが一般的だ。
 そこで以下、まず国際情勢の短期的な変動(以下、「国際情勢の変動」という)と企業のリスクマネジメントについてケーススタディーを行い、その後、国際情勢の長期的な基調(以下、「国際情勢の基調」という)を論じた上で、最後に国際情勢と企業のリスクマネジメントについて概括的に論じて結論に代えることとしたい。



?? 国際情勢の変動と企業のリスクマネジメント



1 国際情勢の変動



 国際情勢の変動のケーススタディーとして、ホットなイッシューであるイラク戦争をとりあげてみたい。
 イラク戦争には国際情勢の基調と関わる側面もあるが、ここでは国際情勢の変動の側面だけに光をあてる。
周知のように、今回のイラク戦の帰趨等についても、日本の内外で様々な予想がなされた。そして当然ながら、その予想には的中したものもはずれたものもある。しかし、イラク情勢に関する様々な情報を正しく分析すれば、実は、かなり的確にイラク戦争の帰趨について予想が可能であったことを、私自身の事前予想を紹介して明らかにしてみたい。そして、このような的確な予想が仮にできたとして、日本企業としていかなる対応をなしえたかを考えてみることとしたい。



2 イラク戦争における予想の的中



 イラク戦争に関して、私が昨年11月20日に行った種々の予想はおおむね的中した。
 いささか読みにくいかもしれないが、正確を期し、予想した時の原文(私のホームページhttp://www.ohtan.netの時事コラム欄に、「コラム#77:対イラク戦シナリオ(その2)」と題して掲載)をそのまま引用することにした。



(1)イラク戦争の有無
戦争の可能性については、「英国の高級紙ガーディアン・・は、フセイン政権が今回、国連査察受け入れ表明の書簡で、「いかなる大量破壊兵器も持っていない」と述べた・・り、その後も飛行禁止区域を飛行する英米軍機への射撃を止めようとしないこと等から判断して、唯々諾々と査察団の要求に全て誠実に応じるとは到底考えにくく、米英に、対イラク戦開戦の十分な根拠を与えてしまう可能性は100%に近いと見ているのに対し、同じ日付の米国の代表的メルマガであるスレート誌は、現時点では58%程度しか開戦に至る可能性はないと慎重です・・。私は、英国と米国のエリートの情勢分析能力には依然有意の差があると考えており、ガーディアンの方に軍配をあげたいと思っています。」と、開戦の可能性は100%に近いと予想した。



この予想が的中したことは申し上げるまでもない。



 (2)開戦の時期
開戦の時期については、「私は、米国は英国抜きでの単独開戦を国際世論対策上絶対に避けると考えており、英国が対イラク戦に投入すると目される、第一機甲師団(ドイツ駐留)隷下の二個機甲旅団の主要装備である合計234両のチャレンジャー2型戦車の砂漠仕様への改装が完了する時期である本年12月末・・以降、すなわち来年初頭まで開戦はありえないと見ています。いずれにせよ、これは開戦の必要条件が満たされるというだけのことです。では、開戦の十分条件は何か?問題は、ブッシュ政権が国連を「活用」し始めたことをどう見るかです。私はブッシュがパウエル国務長官やブレア英首相の説得に応じ、対イラク戦に関しては国際協調路線に舵を切ったと見ています・・。国連査察の開始が11月27日となったので、査察団による査察報告書の国連安保理事会への提出期限は来年の1月27日までということになりました・・。しかし、仮にこの報告書の中でイラクの重大な違反行為が指摘されたとしても、その時点では何も起こらず、米国は、安保理に開戦の承認を求め、それが得られるまで忍耐強く待つことでしょう。今回の査察の根拠となった安保理決議が出るまでに二ヶ月かかったのですから、開戦を承認する決議が出るまでにも長時間を要することは必定です。開戦はそれからだと考えます・・。」つまり、今年3月末以降の開戦と予想した。
(ちなみに、今年1月15日のコラム#94で、「対イラク戦は2003年中の比較的早期に必ず起こるが米国は国連のお墨付きが得られるまで忍耐強く待つだろう、というのが昨年11月20日時点の私の判断でしたが、イラク周辺における米英軍の配備態勢が整いつつある現時点でも、基本的にこの判断を変更する必要はないと考えています。」と上記予想をコンファームしているし、今年2月27日のコラム#102では、「<北京訪問時に>会う人が異口同音に「対イラク戦はあるか?」、「その時期はいつか?」と私に聞くので、私は大略、「そんな質問が出るようでは中国の国際情勢分析能力には問題があると言わざるをえない。一昨年の9.11事件後数週間の時点で対イラク開戦は決まっており、昨年秋に米国がイラク問題を国連に持ち込んだのは、開戦時期を3月とほぼ決めたからだ。民主主義とは何ぞやということを踏まえれば、おのずからそういう結論になる。ブッシュ大統領は開戦すれば、結果は速やかな「勝利」で体制変革もうまくいくと信じている。結果良しとなれば米国民は喜び、自分の再選につながる。だからブッシュは対イラク戦をやりたい。また、開戦時期は翌年の大統領選挙の日程とのからみで、早すぎると対イラク戦「勝利」フィーバーが冷めてしまい、父親のブッシュ・シニア大統領のように湾岸戦争(戦闘期間:1991年1月17日??3月2日。)に「勝利」しても再選には失敗するおそれがある。だから湾岸戦争の時の1月中旬より早い時期での開戦は考えられない、ということになる。他方、4月以降の開戦だと暑くなってきて兵士への負担が大きい。だから3月くらいが一番無難だということになる。」と予想している。)



イラク戦争が実際に始まったのは、3月19日であり、予想はおおむね的中した。(http://www.nytimes.com/cfr/international/20030724faessayv82n4_boot.htmlによる。以下、イラク戦争の結果については基本的にこの記事による。)
 
(3)侵攻兵力
 イラク戦争において侵攻作戦に投入される米英軍の兵力については、理由付けは当時も省いたが、「米英陸軍と米海兵隊合わせて10万人強(米英海上兵力を含まず)というところでしょうか。」と予想した。



 結果は10万人未満であり、やはりおおむね的中したと言ってよかろう。



 (4)周辺諸国に戦禍は及ぶか
周辺諸国に戦禍が及ぶかどうかについては、「イスラエルが米国の協力を得て開発したアロー(Arrow)2ミサイル(遠距離・高々度対処)と米国供与のパトリオットPAC-2ミサイルの改善型(近距離・低高度対処)の二層防御態勢が整備されており、計算上はイスラエルに向かって飛んでくるアルフセインの9割方は撃墜できます。クウェート等イラク国外所在の米英軍の軍事基地については、狭い範囲を守ればよいので、パトリオットPAC-2改善型だけで基本的に対処可能です。」と予想した。(以下、イラクが、保有している可能性のある無人機に生物兵器を搭載する可能性と、これに米軍がどのように対処しようとしているかに触れた部分は省略する。)
つまり、イラクの近隣諸国に戦禍が及ぶことは殆ど考えられないと予想していたと言ってよかろう。



この予想も的中した。



(5)戦争終結までの期間
戦争終結までの期間については、「ラムズフェルト米国防長官は、11月14日に、対イラク戦が「5日間なのか5週間なのか5ヶ月なのかは分からないが、それ以上かかることはありえない」と語ったと報じられています・・。また、イラク情勢にも詳しい友人の幹部自衛官は、バグダード以外の地区の制圧に1??2週間、バクダット封鎖に1週間、バグダット攻略に1??3週間で、合わせて3??6週間といったところだろうと言っています。この二つの所見は矛盾していません。おおむね幹部自衛官氏の言うとおりで、どんなに予測が狂っても、ラムズフェルト長官の言った範囲にはおさまると考えたいと思います。・・私はバグダット攻略戦は比較的短時間で終わると見ています。」と予想した。
(ちなみに、イラク戦の最中の今年3月31日のコラム#112において、「対イラク戦終結までの期間については、コラム#77(2002.11.20)で・・述べたところです。このところ、イラク側の予想外の「善戦」によって米英軍が苦戦に陥っており、対イラク戦終結までは長い時間がかかるという報道がもっぱらですが、私の上記予測を変更する必要があるとは思っていません。・・私は、バグダット攻略戦は早期に開始され、攻者と住民の死傷者数は比較的少ないまま、短時間で終結すると考えているのです。」と、上記予想をコンファームしている。)



 イラク戦争は3月19日に始まったが、対バグダット大攻勢は上記の括弧内のコラムを発表した翌日の4月1日から始まりわずか8日間で終了。4月14日にはフセインの故郷のティクリートが落ちイラク全土が占領された。つまり、バグダット戦の帰趨は予想通りだったし、イラク戦は27日間(4週間弱)で終了したことになるので、イラク戦の期間についても、3??6週間という予想の範囲内にぴったり収まった。
 なお、イラク戦争の終了時期をいつとみるかは議論の余地がないわけではない。ブッシュ大統領が主要な戦闘の終了を宣言した5月1日も有力な候補だし、極端な話、「ゲリラ戦」が続いている現在の8月の時点でもまだ続いていると見ることもあながち不可能ではない。とまれ、仮に5月1日説を採用したとしても、開戦後ちょうど6週間目だから、予想の範囲内だ。



 以上をまとめると表1になる。
 昨年11月20日の時点で、私がイラク戦争の生起とその帰趨をほぼ完全に読み切っていたことをお分かりいただけるだろう。
(続く)