太田述正コラム#0152(2003.9.12)
<国際情勢と企業のリスクマネジメント(その3)>



 他方、例えば中東情勢には明るいはずの日本エネルギー経済研究所は、「米国の対イラク「宣戦布告」と今後の国際石油情勢」と題する3月19日付けのレポート(『IEEJ2003年3月』掲載)において、これがイラク戦争開戦日の日付のレポートであるにもかかわらず、「短期間かつ圧倒的な米軍勝利」の確率を60-70%と低く見ており、イラクをめぐる軍事情勢に対する無知をさらけ出している。
しかもこのレポートは、イラク戦争が始まったら原油価格は上昇すると予想したが、実際には開戦直前から石油価格は下落し続けた(表2。表3も参照)のであり、エネルギー、就中石油問題専門の研究所のレポートとしては、全くものの役に立たなかったと言ってもよかろう。
 石油価格が下がったのは、世界の石油ブローカーの間では「短期間かつ圧倒的な米軍勝利」が常識となっており、開戦はフセイン政権の終焉、すなわち近い将来のイラク石油生産の回復を意味したからだ。
(もっとも世界の石油ブローカーも、戦争終結後、イラク石油生産の回復が遅れるところまでは予想できなかったようだ。現在、石油価格は反転、高騰を続けている(表2)。)
 日本エネルギー経済研究所は財団法人であり、役員の構成から見て、その運営に経済産業省の主導の下に石油、電力、ガス業界が関与していることが分かる(http://eneken.ieej.or.jp/)。従ってこの研究所の上記レポートは、現在の日本の政府や民間の国際情勢分析の水準を物語っていると言えよう。



3 なぜ予想が的中するのか



 私が的中させたのはイラク戦争の生起・帰趨だけではない。もう一つの大きな事例としては、第四次印パ戦争が起こらないことを、2001年12月13日のインド国会襲撃事件をきっかけに両国の間で緊張が高まり、双方が国境地帯に兵力を大動員してにらみ合いを始めてから日も浅い2002年1月9日(コラム#9)の時点で早くも予想し的中させた(その9ヶ月後の2002年10月16日にインド、動員を一部解除)ことがあげられる。
片や人口10億のヒンズー教国、片や人口1億5千万のイスラム教国で、どちらも国内に強力な宗教原理主義勢力を抱える核保有国であり、戦争となればその深刻さと世界に及ぼす影響はイラク戦に勝るとも劣らなかったろう。とすれば、極めて早期における私の楽観的予想の意義は大きかったと言えよう。(人口は、米CIAのThe International Factbook 2002 のウェッブ版による。)



 なぜ、このように私の予想の的中度は高いのだろうか。
 私は国際情勢の変動についての分析(以下、「国際情勢分析」という)結果を公表するときは、できる限りその根拠と典拠を明らかにすることにしている(冒頭に掲げたイラク戦の帰趨等に関する私のコラムの引用を参照)が、私の国際情勢分析の確度が高い理由を一般化して列記すれば、次の六つくらいになるのではないか。



 私は第一に、国際情勢の基調を自ら考察した結果を念頭に置いて国際情勢分析を行っている。
 第二に、幼少時からの豊富な海外経験を通じて身につけた土地勘を活用して国際情勢分析を行っている。
第三に、英米のメディア(のインターネット版)を主要な情報源としている。(言い換えれば、日本のメディアを始めとする英米以外のメディアは基本的に参考にしていない。なお、香港の英語メディアは英米のメディアの一環とみなし、参考にしている。)
しかし、英米のメディアにあっても、報道されるニュースの内容が食い違うことがあるし、論説で正反対の見解が打ち出される場合もある。
 そこで私は更に、
第四に米国のメディアのニュース・論説よりも英国のメディアのニュース・論説の方を全般的により信頼するとともに、
第五に米国の対外政策に関する各種ニュース、論説については慎重に、それぞれどれが米国または英国の国家指導者の認識している事実に近いか、あるいは国家指導者のホンネに近いかを見極めつつ、
国際情勢分析の王道だが、第六に軍事の視点を重視する、こととしている。



 第一で言及した国際情勢の基調についての私の考察については、??を参照してほしい。
 第二についてだが、私は日本(植民地だった朝鮮半島と台湾を含む)は言うまでもないが、中東、米国、英国(英国の最古の植民地だったアイルランドを含む)、西欧、インド亜大陸にはそれぞれ一ヶ月から三年八ヶ月にわたる長期滞在経験があり、中国には四回の公式・準公式訪問経験があり、土地勘がある。
従って、これら地域ないし国にかかわる国際情勢分析の確度はおのずと高くなる。
逆に言えば、中南米、サハラ以南のアフリカ、東南アジア、オセアニア、旧東欧・ソ連、カナダ等に関しては国際情勢分析の確度は相対的に低くなるので、これら地域・国については多くを語らないことにしている。
 なぜ第三かについては、英米両国はアングロサクソン文明を共有しており、英国はかつての世界の覇権国、米国は現在の覇権国であり、最近では米国が主、英国が従となって互いに協力しながら、世界をいわば取り仕切っており、英米両国のメディアは、この英米両国の指導者が何を考えているのかを知るための最善の手がかりを与えてくれるからだ。
 第四のゆえんは、英国はもはや覇権国でこそないが、米国と違ってほとんど全世界にわたって植民地経営を行った経験を持っており、英国のエリートが身につけている国際情勢に関する基礎素養の厚みには、米国に比べて依然として一日の長があるからだ。
 第五のようなことができるのは、私が、第二でふれた海外における長期滞在経験等を通じアングロサクソンのエリート層のものの考え方を熟知していることのほか、日本における30年近くの国家公務員生活を通じ、成熟した民主主義国に共通するところの、対外政策に関する、議会、行政府の長ないし行政府の総合調整部局、外交当局、防衛当局、さらには防衛当局内のシビリアンと制服、等々の考え方の違いや、それぞれの間で働く複雑な力学に通暁しているからこそだ。
 第六のよってきたる理由は、本来的に軍事を重視するアングロサクソンを始めとして、(日本以外の)世界の大部分の国が軍事を重視しているからであり、私は防衛庁勤務で培った軍事的素養と制服自衛官等との人脈を生かして国際情勢分析を行うことを旨としている。
従って軍事との関わりが多い分野については、おのずから私の国際情勢分析の専門的な優位性が発揮できると考えている。
(続く)