太田述正コラム#0153(2003.9.13)
<国際情勢と企業のリスクマネジメント(その4)>



3 日本企業は何ができたか



 あらかじめイラク戦争の帰趨等が分かっていたとすれば、日本企業はいかなるリスクマネジメントができただろうか。頭の体操をしてみよう。
(なお、リスクマネジメントにはリスクによるマイナスを少なくする場合もあれば、リスクをプラスに転化する場合もあることに注意してほしい。)
 白紙的に、かつ極めて単純化して考えると、今年のイラク戦争と類似のケースである1991年の湾岸戦争の時の株価の動きを踏まえた上で、適切な株式の売買ができたはず(=リスクをプラスに転化できたはず)であり、周辺国の短期的なカントリーリスクの判断にも遺漏なきを期せたはず(=リスクによるマイナスを少なくできたはず)だ、と思われるが、果たしてどうか。



 (1)湾岸戦争の時の株価及び石油価格の動き
 1991年の湾岸戦争の時は、株価は1月17日の湾岸戦争開戦の瞬間にはねあがり、その後しばらく足踏み状態を続いた後、やがて急速な高騰が始まり、再び足踏み状態となったところで多国籍軍の一方的停戦の日、2月27日を迎えた(表4)。



 (2)日本企業は何ができたか
  ア 株式の売買
 株価変動は様々な要因が複雑に関連していることは充分承知した上で、あくまで仮定の議論だが、湾岸戦争の推移とそのときの株価の動きをふまえれば、私の予想に従い、三月の開戦直前に日本株を買い、開戦後の値上がりを待つ方法は、今回のイラク戦争においても有効な投資戦略であったと言える。
 なお、戦線「膠着」報道が蔓延していた3月31日の午前中、私はあえてコラム(前掲)の中で、戦争短期終結予想を変更する必要がないこと、バグダット攻略戦はまもなく始まることを指摘した。この私のコラムを読んだ人が、ただちに株式を購入していたならば、その後一日たつかたたないうちに開始された米英軍の大攻勢(バグダット攻略戦)の直後の株価の値上がり(表5)益を享受することが、恐らくできたはずだ。
 
 ところが、開戦後の日本株の上昇を主導したのは外国人投資家であり(日本経済新聞2003.8.15朝刊3面)、国内投資家の動きは常に外国人の後追いだった。外国人投資家に比べ、国内投資家が確固とした相場観を持っていないということではないか。
外国人投資家は、イラク戦開戦以降、既に17週連続で日本株を買い越してきている(8月14日現在。日本経済新聞前掲。表6)。この背景としては、日本の経済ファンダメンタルズの改善もあるが、何と言っても小泉首相が、米英のイラク戦争に明確な支持表明を行った結果、ぎくしゃくした欧米間の関係とは異なって、日米間の蜜月関係が浮き彫りになり、外国人投資家に安心感を与えたことによるところが大きいと私は見ている。



  イ 周辺国のカントリーリスクの判断
 イラクの周辺国には戦禍が及ぶおそれがほとんどないことを知っておれば、企業は万一に備えての脱出計画を考えるだけで、イラク戦争開戦前後に現実に周辺国の日本人社員及び家族を避難させる必要は殆どなかったことになる。
 しかし、実際には相当の規模で社員及び家族は避難したのではなかったか。



4 予想の的中度をあげるにはどうしたらよいか・・国際情勢先物市場・・
 
 われわれは、??イラク戦争が起こり、??短期間に米軍側が勝利したこと、従って??戦争途中の戦線の「膠着」は米軍側の苦戦を意味していなかったこと、そして??戦争終結後のイラクの石油生産回復が遅れていること、を既に知っている。
 世界の石油ブローカー(石油市場)は、??イラク戦争が生起するかどうかを開戦直前まで読み切れず、石油価格をじりじり高騰させたが、??読み切った瞬間、戦争が「短期間かつ圧倒的な米軍勝利」で終わるとの認識の下、石油価格を下げた。??しかし、彼らも開戦後一週間あたりで戦線が「膠着」した頃には疑心暗鬼にかられ、石油価格を上げた。ところが、開戦後二週間あたりから米軍側の大攻勢が再び始まると石油価格を再び下げた。??そして、戦争が終結した後、イラクの石油生産の回復が遅々として進まないことを見るや、石油価格を反転高騰させ、現在に至っている(表7)。



上記の石油市場の動向を通じて読みとれる世界の石油ブローカーの予想的中度は、??△、??○、??●、??▲、ということになろう。
 ところが、日本エネルギー経済研究所の予想的中度は、前にも触れたように、??●、??●、??●、??▲と惨憺たるものだった。
 (ちなみに、私の予想的中ぶりは、??○、??○、??○、??▲だったことはご承知の通りだ。)
 (○は当たり、△は部分的に当たり、●ははずれ、▲は予想の対象とせず。)



 このように、(石油問題の)専門家よりも(石油)市場、すなわち世界の(石油)ブローカーの予想の方が的中度が高いことは決してめずらしいことではない。(イラク戦争に関する私の予想的中度はそのどちらよりも更に高かったことは事実だが、私にも不得手の分野や土地勘のない地域があり、いつも他の専門家や市場のパーフォーマンスを凌駕できるとは限らない。)



そこで、米国防総省の国防高等研究プロジェクト庁(DARPA)が推進し、10月1日からの試行を目前にして野党民主党議員やメディアの反対に会って挫折した国際情勢先物市場(Policy Analysis Market)設置構想が注目される。
この構想は、石油先物市場の中東情勢予想力や、大統領選挙予測を賭けの対象にすると、学者や各種世論調査よりも賭けの予測の方が当る確度が高いという、アイオワ大学で行なわれた実験結果などをヒントに生まれたものだ。(http://www.csmonitor.com/specials/sept11/dailyUpdate.html(7月31日アクセス)及びhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A10810-2003Jul31.html(8月1日アクセス))
当初は中東、南西・中央アジア全般を対象にしようとしたが、後に中東8カ国の情勢に対象が限定される一方で、参加者は米国政府内の情報専門家等に限定される形から誰でも参加できる形に拡大され、近々インターネット上で試行が開始されようとしていた。「商品」としては、これら8カ国の経済情勢、治安情勢、軍事態勢のほか、これら8カ国におけるテロ攻撃、(アラファト議長等の)暗殺、(ヨルダン王制転覆等の)クーデターが発生する可能性が予定されていた。(ワシントンポスト前掲)
 ところが、「テロ攻撃」等を「商品」にするなどは非道徳的であり言語道断だ、しかも「テロ攻撃」等を誘発しかねない、或いはこれら「テロ攻撃」等の芽をつもうとする米国等を妨害しようとする輩が出てくるかもしれない、といったいわれなき非難を受けて(クリスチャンサイエンスモニター前掲)構想は頓挫してしまった。



しかし、私見によればこの構想は極めて興味深いものがある。対象をより広汎なものにした上で、将来、何らかの形で実現されることを期待したい。
 この構想が実現されるまでは、残念ながら国際情勢の変動に関しては、企業は従来と同様、各分野ごとにどの専門家の国際情勢分析が信頼できるかを見極めた上で、それら専門家達の予想をふまえて、リスクマネジメントを行っていくほかない。

(続く)