太田述正コラム#0179(2003.10.29)
<宋美齢(追補)>



 コラム#177と#178を、在日台湾人医師で台湾「独立」運動の闘士である知人の林建良氏に送ったところ、氏から、「大変素晴らしい文です」というタイトルのメールが返ってきました。そのメールには、コラム#178の末尾の二段落を引用しつつ、「全くその通りです。台湾の立法院で政府も議員も30秒黙祷したようで、まるで殺人魔に敬意を表すようです。」とありました。



 今回はコラム#177と#178の追補です。



1 宋・蒋一族の腐敗



 蒋介石自身、麻薬も扱う上海の暴力団の緑幇(Green Gang)の客分でした(注)が、宋・蒋夫妻は、1934年から新生活運動を推進し、その一環として一方で麻薬撲滅を唱えながら(http://www.time.com/time/asia/magazine/article/0,13673,501031103-526553,00.html?cnn=yes。10月28日アクセス)政府の麻薬対策庁の艦船を使って麻薬密貿易を行い、巨万の富を蓄えました。



 (注)蒋介石は、緑幇の一員だった男を蒋政府の諜報機関のトップにまで引き上げている(http://www.ucpress.edu/books/pages/9763.html。10月29日アクセス)。カネを媒介とする政治家と暴力団との癒着は国民党とともに台湾に持ち込まれ、黒金問題と呼ばれている(http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/ogasawara/paper/heijin.html。10月29日)。



 宋美齢の長兄の宋子文は蒋政府の財務部長を長く務め、政府のカネをくすねることで世界一と噂された資産家になりました。例えば、新通貨の引き当てにするとして支那全域から(貴金属の)金を供出させたことがありますが、一かけらとて中国銀行の金庫に納まることはなかった、という具合です。
 宋美齢が広告塔となって獲得した米国の蒋政権への援助物資の大部分は、戦っている相手であるはずの日本軍に転売され、宋・蒋一族は当時のカネで7億5000万ドルを横領したと見られています。終戦後、トルーマン米大統領は、「奴らは全員盗人だ」と吐き捨てるように語ったと伝えられています。
 (以上、http://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2003/10/27/2003073589(10月27日アクセス)による。)
 国民党は現在でも。土地、株、預金、会社などを多数所有し、その総資産額は 6000億元(現在のレートで1兆9200億円)にも達するといわれ,党営事業をはじめさまざまな利権を握っています(小笠原、前掲)が、宋・蒋一族と一体化していた国民党の台湾での不正蓄財・・日本政府や日本人が台湾に残した財産の私物化から始まった・・にも宋美齢が関わっていたことは言うまでもありません。
 また、台湾時代、輸入関税の一種である軍事福祉税(労軍捐)からの収益は全額、宋美齢が創設した婦人反侵略連盟(婦連総会)に移し替えられており、宋美齢が自らこの会の資金管理に当たっていました。約8年前に婦連総会で1000億台湾元相当(現在のレートで約3200億円)の脱漏が発見されました(前掲台北タイムスのサイト)が、それが誰の懐に収まったかは容易に想像がつきます。
 宋美齢らの強欲ぶりと腐敗のスケールには、日本人の想像を絶するものがありますね。



2 宋美齢と米国



このような宋・蒋一派の腐敗を目の当たりにしつつ、国民党内で長年耐えに耐えて党主席・総統まで上り詰めた上で台湾の民主化への道筋をつけた李登輝氏が、「中国(本土の)人は利己主義者ばかりであり、カネのことしか考えず、ウソを平気でつく」と断言するようになった(コラム#31)のは当然かもしれません。
 その李登輝氏がこのたび、かねてより噂のあった(前掲台北タイムスのサイト)ところですが、宋美齢が、ローズベルト大統領の(支那で事業を行っていた)親族達に多額のカネを渡して滞米中のロビイスト活動を有利にとり進めた、と語ったことが台湾で波紋を引き起こしています。
 台湾の国民党立法院(国会)議員で蒋経国の非嫡出子たる章孝嚴(John Chang)は、この李発言に「ウソだ」と激しくかみつき、政府から、李発言を裏付ける事実は把握していない、との答弁を引き出しました(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2003/10/28/2003073669。10月28日アクセス)。



 宋美齢の米国との汚い関係はそれだけではない、という衝撃的な記事も米国のタイム誌に出ました。
1940年の米大統領選挙に共和党から指名されて立候補したものの、現職のフランクリン・ローズベルト大統領に破れたウェンデル・ウィルキー(Wendell Willkie)が、次の1944年の選挙への再出馬の野望を胸に1942年、戦時中の蒋政権の首都重慶(Chongqing)を訪問したときのことです。彼が蒋との結婚15年目の宋美齢と二人っきりで一夜を過ごしたというのです。
翌1943年に宋美齢が例の訪米をした際、上記のことを知っている二人の共通の友人と会い、彼に宋は次のように語ったといいます。「米国政府から供与された借款はすべて蒋政府の米国内の口座に移し替えられています。このカネを使えるだけ使ってウェンデルの大統領選を支援するつもりよ。もしウェンデルが当選すれば、私と彼と二人で世界を支配するわ。ウェンデルは西洋を、そして私は東洋を支配するの。」(http://www.time.com/time/asia/magazine/article/0,13673,501031103-526554,00.html。10月28日アクセス)



 この宋美齢の死去に対し、ブッシュ大統領は、彼女を知性溢れる強靱な意志を持った女性と評し、米国の親しい友人であったと弔意を表しました(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2003/10/28/2003073668。10月28日アクセス)。
 米国政府も苦しいところです。トルーマン大統領以来の歴代政権は、宋美齢(と蒋介石)がどれほど米国の東アジア政策をゆがめたか悪党であるかは百も承知していながら、それをあからさまに指摘することは、(私が引用した)ロサンゼルスタイムスやタイム誌等米国の一部メディアが指摘するのとは重みが違って、先の大戦に関し、米国民の間で確立している神話・・正義の味方の米国が悪漢日本をやっつけた・・を否定することにつながり、時の政権の瓦解を招きかねないからです。(現ブッシュ政権について言えば、対日戦争すら誤りだったとすれば、対イラク戦はもちろん誤りだったに相違ない、という短絡的な反応を米国民の間で招くことは必至、ということです。)



3 宋美齢と台湾各派



 台湾では、私の引用した台北タイムスは圧倒的少数派であって、台湾のメディアの大部分はいまだに国民党系であり、宋美齢に対する提灯持ち記事ばかりだと言ってもいいでしょう。
 前回の2000年の総統選挙の時は、国民党が割れて国民党系の二人の候補者が立候補したため、漁夫の利を得て、国民党政治を非民主的で腐敗していると批判した民進党の陳水扁政権が誕生しましたが、いまだに立法院も世論も国民党系が多数を占めています。
しかも、民進党支持勢力の多くも、これまでの国民党政権の下で、蒋介石や宋美齢を美化する教育を受けてきた人々であるだけに、日本統治時代に人となった李登輝のような割り切り方を蒋や宋に対してする踏ん切りがなかなかつかないのです(コラム#31参照)。



 以上を頭に入れれば、台湾政府の首相が台北の蒋介石廟を訪問し、内閣を代表して弔意を表するとともに、陳水扁総統が近く出発するパナマ訪問の途上、ニューヨークに飛び、宋美齢の故人に弔慰を表し、棺を覆う中華民国旗を贈呈する予定を明らかにしたこと、この陳総統のニューヨーク行きに(現地の遺族はともかくとして、)在台湾の遺族が故人を冒涜するものとして反対していること、その一方、国民党主席の連戦をヘッドとし、国民党系三党(国民党、親民党、新党)と婦連総会からなる宋美齢葬儀実行委員会ができ、追悼式を行うとともに、その代表団がニューヨークでの葬儀に参列する予定であること、がどうしてなのか、お分かりいただけることと思います(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2003/10/28/2003073668(前掲)、http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2003/10/29/2003073778(10月30日アクセス)、及びhttp://j.peopledaily.com.cn/2003/10/29/jp20031029_33589.html(同左))。
 
 要するに、台湾の真の夜明けはまだこれからだということです。



 それでは我が日本はどうか。
 宋美齢の死去について、米国有力メディアや台湾の一部メディアで見られる掘り下げた論考を、(インターネットで見る限り、)日本のメディアでは本日まで一つも目にしていません。日本のメディア、ひいては日本人の心ある人々が覚醒するのは一体いつなのでしょうか。宋美齢を的確に評価することは、即日本の現代史を的確に評価することにつながるというのに・・。



コメント:
在米の読者です。コラム#177ー179深く肯きながら読みました。
特に#179の末尾の



> 宋美齢の死去について、米国有力メディアや台湾の一部メディアで見られる掘り下げた論>考を、(インターネットで見る限り、)日本のメディアでは本日まで一つも目にしていませ>ん。日本のメディア、ひいては日本人の心ある人々が覚醒するのは一体いつなのでしょうか。>宋美齢を的確に評価することは、即日本の現代史を的確に評価することにつながるというの>に・・。



という言葉には、胸が熱くなりました。米国政府の宋美齢追悼の辞を聞きながら感じた違和感がまざまざとよみがえってきました。



9.11以後、特に昨年の8月以降、アメリカの対中政策は激変したと思います。



私は何ゆえか Stanford の フーバー研究所からでている China Leadership Monitor の Thomas Christensen の論文が面白く、かかさず読んでいますが、なぜ日本はこれほどまでに米中関係に無頓着なのだろうといつも気になっておりました。無頓着なのは親米派も反米派も日米同盟強化論者もそうでない人も皆同じのような気がして仕方ありません。



問い:「シナ」という呼称について
先の「在米の読者」さんのメッセージを読み、私も117からのコラムを再読させてもらったのですが、その初めに



「(注1)私は「支那」は、地理的概念としての英語のChinaに対応する日本語にほかならず、蔑称ではないと考えている。」



という注意書きがあります。
シナという表現は本来、純粋に地理的表現であったことは事実です。それゆえ、一部知識者はそれに拠って故意に「シナ」と呼ぶのだと思います。
しかし、呼称というものは、呼ぶ者が作り上げるものですが、その決定権は呼ばれる者が持つと思います。「シナ」という表現がいかなる歴史を持とうとも、現在において、そう呼ばれる事を快く思わない人々がいる限りその呼称を使うべきではないと思います。いかに、正しい考えの元に「シナ」という呼称が正しいと呼ぶ者が考えてもそれは呼ぶ者の勝手な判断であるとおもいます。
Japという表現があります。それがどのような理由で呼ばれ始めたかは知りませんが、仮に、「当時のアメリカ人たちが親しみを込めて呼び始めた表現」という歴史事実があったとして、現代のアメリカ人学者達がその事実を拠り所に「Japと呼ぶことは良いことだ」と言ってもそれは許される事ではないと思います。
私は「シナ」という表現が正しいか正しくないかという判断において尊重されるべきことは、その歴史ではなくそれを今現在不快だと感じる人がいるということを認識することだと思います。
 
答え:最初に私の用語法を申し上げておきますと、



 支那=清の領域、または東北アジアにおける漢民族居住地域・・・・・・・・・・・・・China
 台湾=台湾島、または中華民国の領域、もしくは中華民国・・・・・・・・・・・・・Taiwan
 中国=中華人民共和国・・・・・・・・・・・・・・・・・PRC=People's Republic of China
 中共=中国共産党、または中華人民共和国・CCP=Chinese Communist Party,Communist China
 中華民国、はそのまま・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ROC=Republic of China



といった具合で、それほど厳密なものではありませんが、「支那」という地理的概念は、そこで軍閥が争ったり、中華人民共和国と中華民国が並立していた時などには欠かせないと思っています。
逆にお聞きしたいのですが、「支那」に代わる言葉として他に適当なものがありますか?
チャイナですか?「支那」もChinaから来ているので同じことでしょう。
ところで、中華民国にしても、中華人民共和国にしても、支那史に前例を見ないヘンな国名ですが、そもそもひどくethnocentricな国名だと思いませんか(注)。(「日の出ずる国」ないし「日本」はethnocentricな国名だとは思いません。念のため。)



(注)「中華」という言葉は、20世紀初頭に始めて登場した( http://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2003/10/27/2003073592。10月27日アクセス)。



だからなのかどうかは知りませんが、英語表記等欧米における表記は完全に「中華」を無視し、地理的概念たるChinaを援用しています。しかし、寡聞にして中華民国や中華人民共和国がこれに不快感を表明したという話は耳にしないどころか、中共政府自体が正式国名の英語訳として People's Republic of China を用いているところです(注)。



 (注) さすがにRepubulic of Middle Kingdom、People's Republic of Middle Kingdom とは恥ずかしくて訳せなかったのだろう。



 他方、日本では「中」または「華」(例えば日華平和条約)という漢字を国名の略称でも必ず使うほど気をつかっているのですから、その一方で地理的概念として「支那」を使わせてもらってもよろしいのではないでしょうか。
 そもそも、Jap は蔑称として生まれた言葉ですが、「支那」は断じてそうではありません。
 それにしても、「朝鮮語」と言うと韓国に叱られ、「韓国語」と言うと北朝鮮(総連)に叱られ、やむなく「ハングル」と表記するような日本人の主体性のなさには困ったものです。
 
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