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太田述正コラム#0243(2004.1.29)
<イラク派遣自衛隊をめぐる法的諸問題(その2)>

(2)イラク派遣部隊が直面する法的諸問題

 これから取り上げる問題は、軍事を擲った戦後の日本ではろくに研究されていないことばかりだと言っていいでしょう。よって拠るべきものが満足にない以上、私としても、おのずから印象論風の書き方にならざるをえないことを、あらかじめお断りしておきます。

ア 派遣部隊・隊員にとっての法的リスク
 (ア)生命に関わるリスク
まず、派遣部隊が警察に毛が生えた程度の武器しかイラクに持っていけない(注1)ばかりか、本格的な防衛・反撃・追撃・捜索等もできません。これは集団的自衛権行使の禁止なる憲法解釈に基づき、日本以外の者のために武力を行使してはならない、とされていることからくる制約です。これは派遣部隊の安全の見地から、ゆゆしい問題です。

 (注1) 警察並みの拳銃、小銃のほか、機関銃、84ミリ無反動砲、110ミリ個人携帯対戦車弾のみを携行することになっている(読売新聞12.18)。

また、陸上自衛隊のイラク派遣に伴い、部隊行動基準(ROE)が初めて制定されました。そもそもこれまで日本は日常的に北朝鮮からの不審船等による武器攻撃(太田の造語。コラム#21)に晒されてきたにもかかわらず、政府が制定をさぼり続けてきた、という経緯があります。制定されたことはよしとしても、今回制定された部隊行動基準は極めて抑制的な代物(注2)であり、いたずらに派遣隊員を危険に晒すのではないかと懸念されます。

 (注2) 不審者や不審車両については(1)まずアラビア語で警告する(2)次いで銃を構える(3)警告に従わない場合は上空に向けて威嚇射撃をする(4)それでも従わない場合は急所を外して危害射撃を行う――の4段階で対応することとしている。さすがに現在、不審車両が突然接近してきた場合には直ちに危害射撃を行えるようにする方向で見直し中のようだ(http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt69/20040103NN000Y39703012004.html。1月29日アクセス)。

派遣部隊は、イラク所在の外国軍の指揮を受けることも逆に外国軍を指揮することも、集団的自衛権行使の禁止からできません。具体的には例えば、派遣地域はオランダ軍の管轄であり、その上にはポーランド軍、その更に上には米軍がいますが、いずれの指揮を受けることもできません。「軍隊」たるもの、指揮系統を一本化することによって、初めて情報が迅速に入手でき、意思決定も作戦も的確に行える、ということを考えれば、派遣部隊は大きなハンデを負っていることになります。

 (イ)軍法等が存在しないことに伴うリスク
 軍法とは、自軍の構成員の違法行為を裁く軍法会議(court-marshal)において援用される法律であり、軍律とは、自軍の構成員以外による(人道に対する罪等の)国際法違背行為や自軍に対する(戦闘行為以外の)敵対行為(war treason=スパイ行為や破壊活動)を裁く軍律法廷(military tribunal)において援用される法律です。軍法会議と軍律法廷のどちらも、特定国の軍隊によって設置される司法機関です(軍律についてはコラム#5参照)。日本では、憲法に軍隊保持禁止規定や交戦権不保持規定(9条2項)があることから、憲法の政府解釈上軍法や軍律は制定することができないと解されています。また、憲法に特別裁判所設置禁止規定(76条2項)があることから、憲法の政府解釈上軍法会議や軍律会議を設置できないと解されていることにより、軍法や軍律の制定はいわば二重に禁止されています。
 しかし、このため、イラク派遣部隊はとんだ悲喜劇に直面しかねない状況にあります。
 先般、毎日新聞で軍法会議がないことによる問題点が指摘されました。記事の要旨は次の通りです。

 「日本人が国外で犯罪を犯した場合、通常はその国の法律や裁判制度で裁かれる。しかし、イラク国内では現在、米英占領当局(CPA)が外国の軍人や文民については派遣国に裁判権を与える命令(order)を出しており、日本も同じ扱いとする旨の文書がCPAから発出されている(注3)。
 このため、派遣隊員はイラクで裁判に服すことはなく、日本の法律が適用され、日本で裁判に服することになる。ただし、裁判にかけ、処罰することができる罪は「国外犯規定」がある殺人や傷害など一部に限定されてしまう。
 例えば、殺意を持って人を撃ち、正当防衛にも緊急避難にも該当しないと認定された場合は、国外犯規定のある殺人罪や傷害罪で裁かれるので問題はないが、隊員が撃つつもりがなかったのに誤って引き金を引いて人に当たってしまったといった過失致死傷の場合は、日本の刑法に過失犯の国外犯規定がないため、処罰できないことになる。
同様、失火や通常の交通事故を引き起こした隊員も処罰できない。
以上は(一般)刑法の話だが、自衛隊法上の(特別)刑法規定についても同じような問題が生
じる。
自衛隊法で国外犯規定があるのは「防衛秘密漏えい」(122条)だけなので、例えば、制定された上記部隊行動基準に違背して小銃を発射したような場合、本来自衛隊法上の「武器の不正使用」(118条)に該当して処罰されるべきところ、国外犯規定はないため処罰できない。
結局、以上のようなケースにおいては、免職や降任、停職、減給などの懲戒処分が科されるだけになる。」(http://news.msn.co.jp/newsarticle.armx?id=660631。1月9日アクセス)

(注3)この文書は日本政府の要求に応じて発出されたものであり、「CPA隊員は、現地の刑事、民事、行政の各裁判権を免除され、母国を代表する者以外から逮捕、拘束されることはない」などとするCPA命令17号を日本の自衛隊員らにも適用する、としている ( http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20040114i401.htm。1月14日アクセス)。

しかし、このように、処罰されるべき者が処罰されなかったりするようでは、部隊規律を維持することは容易ではありません。

(続く)

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