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太田述正コラム#0335(2004.4.30)
<サッチャー時代の英国(その2)>

2 かつての大英帝国の最後の光芒

サッチャー政権時代のハイライトは1982年のフォークランド戦争の勝利です。
私は、「戦勝の結果、第二次大戦による帝国の崩壊によって自信を喪失していたイギリス国民の士気は高揚し、サッチャー長期政権の下でイギリス経済はよみがえります」と以前(コラム#27)に記したことがあります。「イギリス経済はよみがえります」の箇所は筆が滑ったな、と笑い飛ばしてください。

 第一次世界大戦の結果疲弊した大英帝国は、名存実亡に近い状態になりましたが、そこに先の大戦が勃発し、これがトドメとなって戦後、あっけなく大英帝国は瓦解してしまいます。
 しかし、英国の指導者達の意識がそれについて行けません。
 自由・民主主義を守るために帝国の総力を挙げて先の大戦に勝利を収めたという自負心、及び、英国に代わって名実ともに世界の覇権国となった米国のできそこないの(bastard)アングロサクソンぶりに対する懸念、があったからです。
 そこで、英国は世界を覆う情報収集網を維持するとともに、ポンドを基軸通貨、或いはドルと並ぶ基軸通貨の一つ、として維持し続けようとし、米国が保有した核抑止力を自分も保有することにこだわり、世界各地に介入できる軍事力を保持し続けようとしてきました(http://books.guardian.co.uk/reviews/politicsphilosophyandsociety/0,6121,1189151,00.html。4月10日アクセス)。
 これは英国にとっては大変な重荷でしたが、身の丈以上の対外政策遂行能力を持ち続けたおかげで、英国は米国に対して対外政策面で完全に従属することを免れることができました。
 例えば、英国のイーデン外相は、1954年、インドシナでホーチミン指揮するベトミンに手を焼いていたフランスを助けるために一緒にインドシナに介入しようという米国のダレス国務長官の申し出を一蹴することができました(注3)。

 (注3)これに対し、1956年のスエズ動乱で英国は米国に手痛いしっぺ返しを食らうことになる(コラム#109)。

またその10年後には、ポンド危機の最中であったにもかかわらず、英国のウィルソン首相は、ベトナムに英地上部隊を派遣して欲しいとの米国のジョンソン大統領の度重なる要請をその都度拒絶することができましたし、北爆についても内々反対の意を伝えることができたのです。
(以上、http://www.guardian.co.uk/comment/story/0,3604,1204868,00.html(4月28日アクセス)による。)

英国単独(ただし、チリの水面下での積極的協力があった(コラム#31))でのフォークランド戦争の決行と勝利は、英国が戦後無理に無理を重ねて培ってきた対外政策遂行能力が遺憾なく生かされた、ということであり、かつての大英帝国の放った最後の光芒であったと言えるでしょう。

3 まとめ

 サッチャー政権の経済政策は、その直前の労働党のキャラハン(James Callaghan)政権(1976-1979年。http://www.hewett.norfolk.sch.uk/curric/POLIT/brit/callagha.htm(4月30日アクセス))が、1978年に雇用確保のためのケインズ的需要喚起政策を否定したことを踏襲したものだと言われており、現在ニュー・レーバーを標榜するブレア労働党政権が市場主義や小さい政府を唱えていることをもって、これをサッチャリズムの踏襲と言われるのは、ブレアにとっては片腹痛いところでしょう(前掲ガーディアン書評)。
 またブレア政権は、もはやサッチャー政権のように、単独で対外政策を遂行する能力も意図も持ち合わせてはいませんが、米国の対外政策に従属しつつ、米国の行き過ぎをたしなめる役割を選択し、それにある程度成功しています。
 しかし、このような役割すら、現在の英国にとっては負担が重すぎます。
 ブレア政権にとって残された課題は、サッチャー政権(とその後継たるメージャー政権)を含む戦後の歴代英国政府が持ち越してきた大英帝国意識の払拭であり、対外政策遂行能力の縮小、すなわち軍事費等の削減でしょう。
 先だってブレアがEU憲法に関する国民投票を提唱したのはいかにも唐突に見えますが、「小国」英国にとっては、「野蛮な」欧州文明への自由・民主主義のアングロサクソン・イギリスの屈服という耐え難きを耐え、ユーロ採用とその先に待ち受ける政治統合を含む、完全EUメンバー化を採択する以外に道はないことを、英国の人々に何としてでも理解させたいということなのだろう、と私は見ています。
 英国の国際舞台からの退場の穴を埋め、米国の緊密な同盟国として米国をたしなめる役割を演じられる潜在能力を持っているのは、当分の間、日本しかありません。果たしていつ日本がその意思と能力を持つに至るのか、私は今なお期待して見守っているのです。

(完)

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