太田述正コラム#0353(2004.5.18)
<新悪の枢軸:中国篇(その6)>

6 展望

 中国が本格的に自由・民主主義化の道を歩み始めるきっかけになるのは何なのでしょうか。
 中華人民共和国が、漢人主導の「中華帝国」としては史上最も大きな領土を持つに至ったのは、ソ連が先の大戦後、東欧にはそのまま居座ったというのに、中国では(摩訶不思議なことに)占領した満州等の地域からあっさり撤退してくれたおかげです。
 遺憾ながら、この新しい「中華帝国」が四分五裂する形で瓦解する可能性は殆どありません。
 一つには、標準語である北京語が普及し、漢人同士の一体感が強固になったこと(注14)です。

 (注14)張学良や宋美齢ら、英語ができる者は多かったのに対し、北京語のできる者は少なかったため、1936年の西安事件の際の関係者会議は、しばしば英語で行われたという(典拠失念)。隔世の感があるとはこのことだ。(太田)

 もう一つは、少数民族に対する鞭(弾圧)と飴(大学入学優遇策、役人への登用等)の政策が功を奏しているだけでなく、漢人を少数民族地域に積極的に移住させてきたおかげで、兵士や出稼ぎ者を加えれば、チベットを含めたあらゆる少数民族居住地域で漢人が過半数以上を占めるようになっていることです。
 もとより、中華人民共和国が旧ソ連より完璧なオーウェル的情報統制・治安国家であることも忘れてはなりません。
(以上、http://articles.findarticles.com/p/articles/mi_m1282/is_15_55/ai_105891470(5月16日アクセス)を踏まえた。なお、テリル自身は、少数民族地域の離反の可能性はあると考えている。)

 そろそろテリルを離れましょう。
 私の見るところ、中国の将来の鍵を握っているのは台湾です。
 台湾が「独立」し、中華人民共和国の「中華帝国」意識を粉砕する、という可能性があるからです。
しかし、それだけではありません。
漢人である蒋経国(?經國。Chiang Ching-kuo。1910??1988年)が共産主義、ファシズムを経て自由・民主主義へという思想遍歴の末、台湾の「皇帝」として、台湾の自由・民主主義化のレールを敷いたという前例が持つ重みです。
 蒋経国は蒋介石の唯一の息子ですが、15歳の時に自らの希望でソ連におもむき共産党に入党、クt]平らと同じ学校で学びます。ところが、蒋介石が中国共産党弾圧を始めると、スターリンは経国の帰国を禁じ、経国はシベリアのラーゲリ(鉄鋼工場)で働かされる等辛酸をなめます。br /> 27歳になってようやく中国に戻ることができた経国は、蒋介石の命で王陽明等の漢籍漬けの生活を送り、中国的ファシストへと変身するのです。1949年には共産党との内戦に敗れた父とともに経国は台湾にわたり、爾後父の片腕として台湾統治に辣腕をふるいます。
 その彼が次第に自由・民主主義者へと更に変身を遂げていくのですが、これは彼が日本の台湾統治が残した自由・民主主義の精神に感化されたためだと考えられます(注15)。

 (注15)李登輝はつい最近出版された口述筆記による著書「見證台灣:?經國與我」(國史館)の中で、蒋経国のソ連時代のラーゲリ等での体験が経国を自由・民主主義者にしたのだろうと言っている(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/05/16/2003155690。5月17日アクセス)が、これは、「日本人」として育った自分達によって経国が感化されたなどとは、ポリティカル・コレクトネスの観点から絶対に口にできないためだろう。

 1975年に蒋介石が亡くなると、蒋介石の総統としての残任期を勤めた嚴家淦(Yen Chia-kan)の跡を襲って1978年に経国は中華民国総統になります。
 そして満を持していた経国は、自由・民主主義化と台湾化を心に期して、頭の固い側近達を遠ざける一方で1984年に台湾生まれのテクノクラートの李登輝を副総統に指名し、1986年には野党民進党の創設を黙認するとともに、1987年に戒厳令を撤廃し、大陸との緊張緩和策を実施(台湾の人々に親族と再会するための大陸訪問を解禁)します。
 1988年に経国は急死しますが、副総統の李登輝が総統に昇格し、経国が敷いた台湾の自由・民主主義化路線は、経国が期待した通り、総統時代及びそれ以降にわたる李登輝の尽力によって完成されることになるのです。
(以上、http://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2004/01/31/2003096930(1月31日アクセス)、http://en.wikipedia.org/wiki/Chiang_Ching-kuohttp://en.wikipedia.org/wiki/Yen_Chia-kanhttp://en.wikipedia.org/wiki/Democratic_Progressive_Party(いずれも5月18日アクセス)、及び上掲5月16日付台北タイムス、による。)

中華人民共和国は、蒋経国の遍歴の跡を追い、経国の学友であった「皇帝」クt]平によって、共産主義国家からファシスト国家へと変貌しました。今度は、「皇帝」胡錦涛かその後継者が、中華人民共和国のファシスト国家から自由・民主主義国家への変貌プロセスを始動させることが期待されるところです。br /> これができなければ、中華人民共和国も、結局は従来の「中華帝国」同様、短い興隆期を経て長い衰退期に入り、滅んで行くことになるのではないでしょうか。

(完)