太田述正コラム#0480(2004.9.22)
<イギリスとユダヤ人(その3)>

3 イギリスとユダヤ人の二回目の邂逅

 1655年に、アムステルダムのユダヤ教のラビがイギリスのクロムウェルの政府にユダヤ人のイギリス復帰の嘆願書を提出し、イギリス政府の黙認の下にユダヤ人が再びイギリスに渡来し始めます。
 それ以降、ユダヤ人は急速にイギリスで地歩を築いて行き、イギリス人も総じてユダヤ人を暖かく見守ります。そして欧州やロシアでユダヤ人迫害が起こるたびに、イギリスにユダヤ人が流入し、イギリスに定着し、あるいはイギリスを中継地として米国等に渡って行くことになります。
 1700年にはイギリス国王ウィリアム3世によって、初めてユダヤ人某にナイト爵が授与されます。
 1833年には初めてユダヤ人の法廷弁護士(barrister)と州長官(sheriff)が生まれます。
 1841年には初めてユダヤ人のイギリス貴族(男爵)が出現します。
 1858年にはユダヤ人が一般のイギリス人と完全に平等扱いされるようになります。そして同年についに初めてユダヤ人の下院議員(ロスチャイルド男爵(注6))が誕生します。

 (注6)Baron Lionel de Rothschild。彼は新約聖書に手をおいて宣誓するのを拒み、旧約聖書に差し替えるように要求し、かつ' Upon the true faith of aChristian'という常套文句を省いて宣誓することを求めたため、選挙で初当選してから、正式に下院議員になるまで11年もかかった(http://www.rothschildarchive.org/ib/?doc=/ib/articles/BW2bHofC1850。9月21日アクセス)。

 1874年には、子供の時にユダヤ教徒から国教徒に改宗していた「ユダヤ人」ディズレイリ(Benjamin Disraeli。1804??81年)(注7)がイギリス(以下、英国と言い換える)の首相に就任します(コラム#198)。

(注7)ディズレイリは1817年に洗礼を受けて国教徒になり、まず小説家として頭角をあらわし、やがて自由党から1837年に下院議員となり、後に保守党に移籍、三度首相をつとめる。ディズレイリは議会での論戦の相手が自分に対して「ユダヤ人」と言った時、「そうだ。私はユダヤ人だ。議員殿の祖先が名も知れぬ島の野蛮な土人だった頃、私の祖先はソロモン王の神殿の司祭だった。」と切り返した(http://dspace.dial.pipex.com/town/terrace/adw03/pms/dizzy.htm。9月21日アクセス)。

 1887年には英国でシオニズム運動(ユダヤ人の「母国」の建設をめざす運動)が呱々の声を上げます。
1909年には歴としたユダヤ人から最初の閣僚が出ています。
1917年にはバルフォア宣言(Balfour Declaration)(注8)が発せられ、後にユダヤ人国家がパレスティナに創設される根拠となります。

(注8)第一次世界大戦中という微妙なタイミングにこの宣言が発せられたことについては様々な政治的思惑が取り沙汰されているが、その背景には、英国の親ユダヤ感情に根ざす、哲学的・宗教的・帝国主義的観点からのシオニズムへの共感がある。
    参考のため、バルフォア宣言を掲げておく。(バルフォアは首相経験者だったが、当時は外相だった。)
    実によくできた文言の宣言であることがお分かりいただけよう。
    ちなみに、ここでのPalestineは後にTrans Jordan(ヨルダン)とされた地域を含む。
    'establishment in Palestine of a national home for the Jewish people'という核心部分で、'in'が用いられていること、かつ'national home'が必ずしも国家を意味しないことに注意。これらを含め、実に周到に練り上げられた宣言であることが分かる。
Foreign Office
November 2nd, 1917
Dear Lord Rothschild,
I have much pleasure in conveying to you, on behalf of His Majesty's Government, the following declaration of sympathy with Jewish Zionist aspirations which has been submitted to, and approved by, the Cabinet.
"His Majesty's Government view with favour the establishment in Palestine of a national home for the Jewish people, and will use their best endeavours to facilitate the achievement of this object, it being clearly understood that nothing shall be done which may prejudice the civil and religious rights of existing non-Jewish communities in Palestine, or the rights and political status enjoyed by Jews in any other country."
I should be grateful if you would bring this declaration to the knowledge of the Zionist Federation.
Yours sincerely,
Arthur James Balfour
(以上、http://www.mideastweb.org/mebalfour.htm(9月21日アクセス)及びhttp://www.britannia.com/gov/primes/prime39.html(9月22日アクセス)による。)

1948年にはイスラエルが建国されますが、その初代大統領になったユダヤ人ワイズマン(Chaim Weizmann。1874??1952年)(注9)は英国籍保有者でした。

(注9)ロシアで生まれ、スイスとドイツの大学で生化学を学び、1905年に英国に移る(http://www.jewishvirtuallibrary.org/jsource/biography/weizmann.html。9月21日アクセス)。

 現在では英国のユダヤ人人口は35万人を数え、その三分の二がロンドンに住んでいます。そしてユダヤ人は常に英国の下院で40名以上の勢力を維持しています。
 
 以上見てきたように、ユダヤ人は、ユダヤ人に対する偏見を長年をかけておおむね克服したイギリス人によって幾たびか苦境から救われた上、母国まで与えられるという数奇な歴史を経て現在に至っているのです。

(完)