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太田述正コラム#697(2005.4.20)
<風雲急を告げる北東アジア情勢(その9)> 
 本来は、台湾の軍事力も併せて議論をしなければならないのですが、中台軍事バランスの話を以前(コラム#534、578?580)やったことがありますので、できるだけ重複しないように、ここでは台湾をめぐる米中軍事バランスを中心に論じることにしましょう。(もちろん、米国の「保護国」たる日本の自衛隊にも言及します。)

 1996年の総統選挙に影響を及ぼすべく、中共が台湾近海に訓練と称してミサイルを打ち込んだ、いわゆる台湾海峡危機の際、米国は二個空母機動部隊を現地海域に派遣しました。
 当時中共は、ミサイルを実際に台湾に打ち込むことはもとより、これらの米空母等に手出しをすることも一切ありませんでした。戦術的にも戦略的にもそんなことは不可能だった、というのが正直なところでしょう。
 しかし、後数年もすれば、中共は多少の手出しはできるようになるのです。

 まず、戦術レベルの話から始めましょう。
 中共海軍は、8隻のロシア製のソブレメンヌイ(Sovremenny)級ミサイル駆逐艦を発注済みであり、既に2隻の引き渡しを受けています。この駆逐艦は海面すれすれをマッハ2.5で探知レーダーをかいくぐって飛翔できるサンバーン(Sunburn)対艦ミサイルを搭載しています。また、同じくロシア製のキロ級在来型潜水艦8隻を発注済みであり、この潜水艦は射程145マイルのクラブ(Club)対艦ミサイルを搭載しています。これらは米空母機動部隊にとっては脅威です。

 次は戦略レベルの話です。
 中共の陸上発射大陸間弾道弾(ICBM)については、ここ数年で、8基の固形燃料の多弾頭大陸間弾道弾・東風(Dongfeng)31(後述の巨浪-2の陸上版)が、既存の24基の液体燃料の単弾頭大陸間弾道弾・東風-5につけ加えられています。数年後にはこれに更に、射程8000マイルで米国全域を射程におさめる固体燃料の多弾頭大陸間弾道弾・東風-41が加わる予定です。
 また、潜水艦発射大陸間弾道弾(SLBM)については、昨年の7月に094型原子力潜水艦が進水し、後1?2年で実戦配備されると予想されていますが(http://www.koryu.or.jp/Geppo.nsf/0/cc581a0f1c89d77c49256f6200299d84?OpenDocument。4月19日アクセス)、この原潜は実験艦的要素の強かった夏(Xia。092)型(注10)の後継艦であり、16基の射程5000マイルの多弾頭大陸間弾道弾・巨浪(Julang)-2を搭載できます。

  • (注10)夏型は1981年に進水したが、その後公試運転中に問題が続出し結局実戦配備されたのは1988年になってからだった(http://www.f5.dion.ne.jp/~mirage/hypams05/s_92.html。4月19日アクセス)。12基の単弾頭大陸間弾道弾(Julang-1)を搭載。

 つまり中共は、数年前までは、米国から陸上発射大陸間弾道弾基地を核弾道弾で先制攻撃されれば、すぐ発射できない液体燃料大陸間弾道弾は全滅し、しかも有効な第二撃核能力(SLBM搭載原潜)も保有していないため、お手上げ状態になっていたところ、後数年もすれば、先制攻撃されても、固体燃料大陸間弾道弾を米国の核弾道弾が着弾する前に発射でき、かつごくわずかであっても第二撃核能力を行使できるようになる、ということです。
 そうなれば、中共が台湾を攻撃した場合、米国は、本国について後顧の憂いなく台湾防衛に兵力を投入する、というわけにはいかなくなるのです。
 米国のブッシュ政権がミサイル防衛網の構築を急いでいる背景には、北朝鮮の核もさることながら、台湾防衛を念頭にき、中共の核に対処する、という側面があるのです。

 以上、中共が台湾に係る米軍向けの軍事力増強を行ってきていることをご説明しましたが、中共が台湾軍向けの軍事力増強も急ピッチで進めていることはご承知の通りです(コラム#534、578?580)。
 一番台湾軍にとって脅威なのは、台湾の対岸に既に600基以上配備され、なお増強中の台湾向け短距離ミサイルです。中共は、中距離ミサイルも開発中です。
 もっとも、中共が台湾への渡洋攻撃能力を持つのはまだまだ先のことです。
 そもそも現時点では、中共の水陸両用戦能力は、12,000人の機甲一箇師団を、その装備と一緒に運ぶ能力しかなく、これでは空軍力(後述)について論じるまでもなく、離島ならともかくとして、台湾本島を攻略することなど到底できません。
 一年前に上海の造船所で二隻の巨大な兵員輸送艦が建設されていることが確認され、現在公試運転中であると考えられていますが、この二隻が加わったところで、大した足しにはなりません。
 致命的なのは、中共の空軍力と指揮統制情報機能が著しく弱体であることです。
 自衛隊や在日・在韓米軍の戦闘機はF-15やF-16といった、いわゆる第四世代のものがとっくの昔に主力になっていて、自衛隊のF-15だけで200機を超えていますが、中共は、ロシア製のスホーイSu-30といった第四世代の戦闘機の数が2020年までにようやく150機そろうか、という有様です。また、空中給油能力、戦場監視衛星情報システムも、空中警戒・指揮管制機能もなきに等しい状況です(注11)。

  • (注11)中共がEUの対中武器禁輸措置の解除を切望しているのは、ロシアの軍事IT等の技術レベルが低く、ロシアからの輸入や技術導入では、このようなお寒い状況の抜本的改善を図れないためだ。イスラエルからの輸入や技術導入も米国の妨害にあって大きな「成果」をあげているとは言い難い。

 これでは、中共が台湾海峡における航空優勢を確保することなど、夢のまた夢にほかなりません。

 ですから、「後数年もすれば、中共は多少の手出しはできるようになる」と申し上げたのは、中共が、1996年のようにミサイルを台湾近海に打ち込んでも、もはや米国は空母機動部隊を台湾海峡には派遣できなくなる(グアムや在日・在韓米軍などの陸上の米航空部隊だけで対処せざるをえなくなる)上、中共が仮に実際にミサイルを台湾に撃ち込んだ場合でも、米国は中共の航空基地やミサイル基地に反撃を加えるのに若干の躊躇をせざるをえなくなる、からです。
 だからといって、米軍の来援も、米軍による反撃もありうる以上、中共が1996年の台湾海峡危機の時以上の軍事力の行使に踏み込むことはまず考えられない、よってそれほど心配する必要はない、ということにはなりません。
 こんな状況下では、台湾の人々は枕を高くして寝ることができなくなるでしょう。
 そして中共は、台湾の人々の不安感につけ込んで、台湾当局との交渉を現在よりもはるかに有利な立場で進めることができるようになることでしょう。
 現時点ですら、台湾海峡危機が再燃した場合、用心のため、当初は米空母機動部隊は台湾東方500マイルにまでしか接近しない、と考えられています。こんな遠距離からでは、台湾海峡上に出撃させることができる艦載機の数は1996年当時に比べて大幅に減ってしまったことになります。(注12)。

  • (注12)だからこそ、米国がグアムや在日・在韓等の米軍の陸上航空部隊を、台湾に近接した琉球列島を拠点として台湾海峡に速やかにかつ継続的に投入できるよう、あらかじめ日米連携体制を整えておく必要がある。これが、ワシントンにおける2月の日米安全保障協議委員会共同声明の中での台湾海峡への言及(地域における共通の戦略目標には、以下が含まれる。・日本の安全を確保し、アジア太平洋地域における平和と安定を強化するとともに、日米両国に影響を与える事態に対処するための能力を維持する。<中略>・台湾海峡を巡る問題の対話を通じた平和的解決を促す。http://ratio.sakura.ne.jp/archives/2005/02/28012158.php(4月19日アクセス)及びコラム#642、691)が必要であったゆえんだ。
    いずれにせよ、台湾自身も一刻も早く対中防衛力増強に着手することが強く望まれる。

 このように中共が台湾に係る軍事力増強に血道をあげているのは、先に(コラム#695で)申し上げたように、台湾そのものが目的であると同時に、それ以上に、中共への資源輸入海上輸送路の安全確保のためなのです。
 中共は、ビルマのココ群島(Coco Islands)に電波傍受施設を確保し、パキスタンと共同でパキスタンのイランとの国境付近のグワダル(Gwadar)に港湾を建設中であり、バングラデシュ・カンボディア・タイでも軍事がらみの協定を締結しており、これら諸国はいずれも、中東から中共への石油の海上輸送路に面していることが、このことを雄弁に物語っています。
 (以上、特に断っていない限りhttp://www.nytimes.com/2005/04/08/international/asia/08china.html?ei=5094&en=45e0b73ba7ac7c1c&hp=&ex=1112932800&partner=homepage&pagewanted=print&position=(4月8日アクセス)、http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A45056-2005Apr11?language=printer(4月13日アクセス)、及びMilitary Balance 2004/2005PP170?173による。)

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