太田述正コラム#843(2005.8.30)

<郵政解散の意味(補論)(続々)>


3 長期雇用や系列を生かすメリット

 (1)始めに

 摺り合わせ生産については、ご異論がないようなので、長期雇用と系列(ケイレツ)について論じたいと思います。

 (2)長期雇用

日本型政治経済体制の下で、日本の大企業を中心に広く見られた長期雇用システム(注1)(注2)は、各企業の生産システムに適した技能や技術の形成(注3)そして人材の適材適所への配置を可能にするといった人的資源管理の面でのよさと、労使あるいは労働者間の情報共有を密にするといったメリットを持っています。

しかしその反面、長期雇用には労使間に長期にわたる雇用や賃金を安定的に保証するという暗黙の了解があるために、必然的に人的費用が固定費用化するというデメリットが存在することがかねてから指摘されてきました。

(注1)長期雇用システムは、諸外国においては日本ほど普及していないhttp://www.boj.or.jp/ronbun/00/ron0001b.htm(8月29日アクセス)。また、日本では、かねてより、企業規模が小さくなるにつれて、長期勤続者の比率が減少する傾向が存在する。

 (注2)日本の長期雇用を論じる時には、併せて年功制についても論じる必要があるが、ここでは立ち入らない。例えば、http://www.boj.or.jp/ronbun/00/ron0001b.htm上掲参照。

 (注3)これを「熟練知」と命名し、日本の長期雇用や年功制の普遍性を主張したのが小池和男だ。ただし、小池の研究方法論と結論には批判(http://www.econ.tohoku.ac.jp/~nomura/nachlabstudy.html。8月29日アクセス)もある。

 そこで、長期的に景気低迷が続いていることから、長期雇用に伴う人的費用の硬直化のデメリットがメリットを上回るようになったとして、長期雇用システムの解消を図るべきだ、という主張がなされていることは事実です。

 ところが現在、日本で見られるのは、いわゆる労働市場の二極化現象であり、長期雇用は比率を下げつつも深化して生き延びているのが現実です。

 二極化現象とは、企業の中心部門が内部化し、それ以外の部門は外部化してきていることを指しています。つまり企業は、人件費の硬直化を伴う長期雇用者を企業のコアとなる中心部門のみに配置し、その他の部門はパートタイマーや契約社員あるいは派遣社員などの短期雇用社員で補うことによって、長期雇用システムのメリットを維持しながら人件費硬直化を防ぐための対策を講じてきているのです。それと同時に、長期雇用者の勤続年数はより長期化しています。

 すなわち、パートタイマーを含まない一般労働者に限れば、長期雇用慣行の崩壊の兆しは全く見られないのです。

 (以上、特に断っていない限りhttp://www.iser.osaka-u.ac.jp/library/dp/2002/DP0563.PDF(8月29日アクセス)による。)

 このように労働市場の二極化によって長期雇用を温存することが合理性を有するのは在来型企業のケースであり、IT産業にあっては、たとえ大企業であっても、長期雇用は解消しなければならない、という議論もあります。

 しかしこれに対しては、IT化や経済環境の変化が激しく、先行きの見通しが難しい時代においては、幅広い知識経験を基に変化に迅速に対応できる長期雇用人材の重要性が、むしろ増すのではないか。また、こうした人材の技能・技術蓄積は、企業内で行われるべきであり、その方が効率性が高いのでないか。かつまた、IT産業も日本の在来産業とのインターフェースの下で活動している以上、在来産業と全く異なった雇用方式をつるわけにもいくまい、といった反論が投げかけられており、決着はついていません。

 (以上、http://www.rengo-soken.or.jp/dio/no145/siten.htm(8月29日アクセス)による。)

 (3)ケイレツ

(大企業が部品会社に出資したり技術者を派遣したりする)ケイレツを活用する日本型政治経済体制独特のものづくりは、1960年代以降に「低価格・高品質」の日本車が米国などで人気を集めると脚光を浴びました(注4)。だがその後の日米貿易摩擦等において「閉鎖的な取引慣行」として批判の的になり、1990年代後半にはケイレツの崩壊もささやかれるようになります。

(注4)ケイレツでは、部品会社が自動車メーカーからの情報をもとに、受注が決まっていなくても、将来をにらんだ工法・素材の研究を進め、物流・生産設備の効率化への投資もする。こうした開発初期からの関与が、継続的な品質向上とコスト削減につながるとされる。

そして、世界的な自動車業界の再編の中で日本の自動車メーカーに出資した外国自動車メーカーを中心に、ケイレツにとらわれずに安い価格を提示する部品会社を優先し、そこに大量発注してコストを減らす欧米流が導入されました。

 しかし次第に、コスト削減効果より、部品会社との関係悪化のマイナスのほうが大きいことが明らかになってきたことから、最近では、開発初期から部品会社と深く協力しあう日本流ケイレツが復権しつつあります(注5)。

(以上、特に断っていない限りhttp://www.asahi.com/car/news/TKY200506250265.html(6月26日アクセス)による。)

(注5)その転機になったのが、1997年2月に愛知県刈谷市にあるトヨタ自動車系のアイシン精機の刈谷工場で火災が発生、工場一棟が全焼し、重要な部品がトヨタに供給できなくなった事件だ。トヨタは1ヶ月は操業停止せざるをえないかと思われたが、操業停止は数日間で済み、世界中をびっくりさせた。アイシンの下請け企業群が、トヨタやアイシンが混乱の中で具体的な細かい指示が余り出せなかったにもかかわらず、ケイレツの下請け企業群が、トヨタやアイシンと目的意識と価値観を共有していたおかげで、阿吽の呼吸で独自に判断して動くことができたからだ。(http://www.isssc.com/id/topics/04.html。8月29日アクセス)

 米国カリフォルニア州シリコンバレーのベンチャーキャピタルが「ケイレツ」と称して、投資先企業間の連携、グループ化を大変重んじていることは興味深いものがあります(http://www.kiis.or.jp/salon/kikansi/kiis109/109htm/aprc1.htm。8月29日アクセス)。