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太田述正コラム#9132005.10.17

<発展途上国中共>

 (14日に、私のHPの掲示板に、掲げた「呼びかけ」を、再録します。

 このところ、<掲示板への>投稿が殆どなくなっています。コラムの内容について、皆さん、異論がほとんどない、ということなのかもしれません。しかし、事実の誤りに気付いたり、ちょっとした疑問がわいたり、といったことがないはずがありません。そんな場合はぜひ投稿してください。私が答えなくても、あるいは答えられなくても、ほかの読者の方が答えてくれるかもしれませんよ。また、以前から何度も呼びかけているのですが、私に代わって時々コラムを書いていただける方を募集しています。これまで投稿されたり、私にメールを下さった読者の中で、ぜひコラムを書いてもらいたいと思った方だけでも何人もいらっしゃいます。とにかく、私のコラムを今後とも続けるためには、皆さんからのインプットが不可欠です。インプットを心からお待ちしています。)

1 始めに

 エジプトで幼少時を過ごした私は、発展途上国とはいかなるところか、熟知していたつもりだったのですが、それでも役所に入ってから、発展途上国を訪問して目が点になる経験を何度かしました。

 1991年に、当時の防衛政務次官のお伴で、エジプト・サウディ・アラブ首長国連邦の三カ国を歴訪した時のことです。

 サウディでの最初の訪問地は紅海沿岸のジェッダ(Jeddah)でした。季節が夏なので、サウディの王族は首都のリヤド(Riyadh)ではなく、避暑地のジェッダで執務しており、ここで政務次官は王族たる国防大臣と面会することになっていました。

ところが、エジプトのカイロからジェッダに向かう際、困ったのは、その日どこに泊まることになるのか、分からなかったことです。もちろん、ホテルに予約は入れてあったのですが、カイロの日本大使館にリヤドの日本大使館から入っていた情報によると、いくつかある迎賓館の一つに泊めてもらえるかもしれない、というのです。もう一つ困ったのは、国防次官に面会する日時等がまだ決まっていなかったことです。

結局、ジェッダの空港に着いた時点で、ようやく迎賓館の一つ(といっても、元大きなホテルだったところを、サウディ政府が買い上げたもの。ただで泊まれるとはいうものの、この迎賓館長にかなり分厚い金一封を、わが大使館員の言うがままに差し出した)に泊まれることが判明し、ホテルにキャンセルの連絡を入れました。また、迎賓館に着いたその日のうちに、翌日(だったと思う)、国防次官に面会する段取りも明らかになり、胸をなで下ろしたことを覚えています。

 もう一つは、1999年に防衛庁の審議官としてマレーシアを訪問した時のことです。この時、以前(コラム#293295316で)記したように、公務員の層の薄さ等が原因だと思われますが、私に対する接遇に遺漏があって大変困った、ということがあったのです。

 こういった経験をして以来、私は、発展途上国の発展途上国たるゆえんは、公務員がルーズ(=鷹揚で相手のことを考えない)であったり能力ないし意欲が低かったりするところにある、という認識を抱くようになりました。

2 中共は発展途上国だった!

 考えてみれば当たり前の話ですが、中共はまだ発展途上国だった、ということを思い出させる記事が三つ、17日付の日本の各紙に載っていました。

 産経新聞が掲げていたのは、16日に中共の河北省で開催された20カ国・地域による財務相・中央銀行総裁会議(G20)の開会式が前日約50kmも離れた北京で行われたことと、会議終了後の記者会見において中共のプレスによる質疑を行っただけで会見が打ち切られたことが、参加者や外国プレスの顰蹙を買った、という記事です(http://www.sankei.co.jp/news/051016/kei070.htm1017日アクセス(以下同じ))。

 また、読売新聞が掲げていた記事(東京新聞の記事で補った)は次のとおりです。

 日本の外務省の谷内正太郎次官は中共との「総合政策対話」の第三回協議に臨むために訪中し、中共外交部(外務省)の戴秉国筆頭次官と15日にまず第一回目の会談を行ったが、朝から行われる予定が、中共側の都合で夕刻からとなってしまった。(その夜、谷内次官は、更に中共李肇星外交部長(外相)と会談を行っている。)16日も会談が行われる予定で日本側は待機していたが、結局夜になっても中共側から連絡がなく、会談は流れてしまった(注1)。(http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20051016ia27.htm、及びhttp://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20051016/mng_____kok_____004.shtml

 (注117日午前中に小泉首相が靖国神社に参拝した(http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20051017k0000e010003000c.htmlが、16日の日中の時点でこのことを中共政府が予想できたとは考えにくい。そもそも15日夜の会談では、李肇星外交部長は、日本の国連安全保障理事会常任理事国入りの問題について「日本が国際社会でより大きな役割を果たしたいという願いを中国は理解できる」と日本側に友好ムードを振りまいていた(http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20051016/mng_____kok_____004.shtml上掲)

 以上は、中共の公務員が、レベルの高低いかんを問わず、ルーズ(=鷹揚で相手のことを考えない)であるということを物語っています。

更に、東京新聞が掲げていたのは次のような記事です。

16日に行われた北京国際マラソンで、ゴール手前で一度脇道に入り、再び折り返してもとの道に戻るコースが設定されていたところ、脇道の道幅が狭かったために先導車が入れずやむなく直進し、この車が先導していた一番先頭のケニアの男子選手が、距離にして約800メートルのコースを「省略」した形でゴールインした。この選手が二位以下を大きく引き離していたこともあり、彼が一位とされ、しかも、「省略」分を推計して加算したタイムが彼のタイムとして認定された。これに対し、各国選手からはこの選手を失格としなかったばかりか推計分を含むタイムを認定したのは前代未聞だという声が、競技関係者からは大会運営の杜撰さに呆れる声があがった。(注2)(http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20051017/mng_____kok_____003.shtml

(注2)たまたま私も、TVでこのレースを途中からだが見ていた。先導車の先導の仕方に問題があって、この選手は何度も道を間違えかけており、はらはらさせられた。このレースは日本企業がスポンサーである冠レースだったが、この企業は今頭を抱えているに違いない。

 これは、中共の公務員(ないしNPO/NGO関係者)の能力ないし意欲が低いことを物語っています。

3 感想

 現在の中共でもこんな体たらくなのですから、戦前の支那で、国民党「政府」や軍閥と交渉したり、仕事をした日本人が、どんなに怒ったりフラストレーションを抱いたか、想像に余るものがあります。

 いずれにせよ、こんな隣国の中共が、今や経済大国になり、軍事大国にもなりつつある以上、今後ともわれわれは怒りとフラストレーションに耐えて、中共とのお付き合いを続けて行かなければなりません。

 せいぜい精神修養に努めようではありませんか。

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