太田述正コラム#12012006.4.24

<米退役将軍達のラムズフェルト批判(その3)>

 (本篇は、コラム#1191の続きです。)

3 理論的論点

 私は、拙著「防衛庁再生宣言」(日本評論社)で、「シビル・ミリタリー・リレーションズ」概念に取って代わられ、「「シビリアンコントロール」という概念は、米国から姿を消して行くのである。」(164??165頁)と宣言していた手前、今回の米退役将軍達のラムズフェルト批判をめぐって、シビリアンコントロール論が蘇った(注4)のには弱りました。

 (注4)ラムズフェルト批判を行った退役将軍達をたしなめるためにだけシビリアンコントロール論が援用されているわけではないが、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/04/14/AR2006041401451_pf.html(4月17日アクセス)、http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-boot19apr19,0,5863011,print.column?coll=la-news-comment-opinions(4月20日アクセス)、http://www.csmonitor.com/2006/0420/p02s02-usmi.html(4月20日アクセス)等。

 極めつきはワシントンポストの18日付社説であり、何と退役将軍達は、「軍人が文民のシビリアンコントロールに服するという民主主義の重要な原則」を脅かしており、「もし将軍達がラムズフェルト氏の辞任を勝ち取ったら、悪い先例となる」というのです(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/04/17/AR2006041701261_pf.html。4月19日アクセス)

レアード(Melvin R. Laird)元国防長官らから、軍人は木を見て森を見ない議論をしがちだとか、戦争中の公開論争は敵に弱さととられるので控えるべきだという議論まで出てきました(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/04/18/AR2006041801172_pf.html。4月20日アクセス)。

戦争中云々はナンセンスそのものですが、軍人は木を見て森を見ないという論についても、第二次世界大戦後だけでも、退役将軍であるアイゼンハワー(Dwight David Eisenhower1890??1969年)が名大統領になり、ヘイグ(Alexander Meigs Haig, Jr.1924年??)やパウエル(Colin Luther Powell1937年??)が国務長官になって、ヘイグはその超タカ派的態度がレーガン大統領やワインバーガー国防長官と合わず、短期間(1981??82年)で任を解かれた(http://en.wikipedia.org/wiki/Alexander_Haig。4月24日アクセス)ものの、パウエルは立派にその任を果たした(国務長官:2001??2005年)ことを、レアードらは、一体どう説明するつもりなのでしょうか。

ブルックス(Rosa Brooks)は、ロサンゼルスタイムス掲載の論説で、この種の議論に対し、ブッシュ政権の文民達こそ米国社会を軍事化してしまったのであって、この文民達が軍人に対しシビリアンコントロールなるものを講釈するのはちゃんちゃらおかしい、と批判しています。

彼に言わせれば、むしろ軍人達こそ、この社会の軍事化に対し、自由・民主的市民社会の価値観に立って、警鐘を鳴らしてきたというのです。

彼は、2003年には、陸海空軍及び海兵隊の4人の法務官団長(The Judge Advocate General's Corps)達が、拷問と紙一重ないし拷問そのものを尋問の際に用いることに反対する合同内部文書を策定しましたし、2005年には5人の退役将軍達が、テロ容疑者にジュネーブ条約に基づく権利を認めないで軍事法廷で裁くことに反対する意見書(amicus brief)を最高裁に提出したことを例に挙げます。

その上でブルックスは、このたびの6人の退役将軍達(注5)によるラムズフェルト(及びそのイラク政策)批判は、制服を脱いで一市民となった人々による言論の自由の行使であって、そもそも全く問題にすべきではないし、仮に現役の軍人達がラムズフェルト批判の声を挙げたとしても、軍人達は士官に任官する際に、あらゆる合法的な指揮に従うものとされ、文民指導者達への「侮蔑的な言葉遣い」を禁じられるけれど、それと同時に、外国及び国内のあらゆる敵に対し、米国憲法を支えかつ守り、憲法を信じ憲法に従うことを誓約させられることに注意を喚起し、かかる憲法忠誠義務からすれば、文民指導者達が過ちを犯していると思った場合は、軍人はいかなる犠牲をも払って異議を唱えて、民主主義と兵士達の命を守らなければならない、と説くのです。

(以上、http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-brooks21apr21,0,7415207,print.column?coll=la-news-comment-opinions。4月22日アクセス)による。)

(注5)英BBCは、米陸軍のリッグス(John Riggs)退役将軍を加えて7人としているhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/americas/4917276.stm。4月18日アクセス)。

 私はこのブルックスの意見に共感を覚えると同時に、いずれまた取り上げるつもりですが、日本におけるシビル・ミリタリー・リレーションズ論議が米国のそれと比べて一周以上遅れていることを大変残念に思っています。

(完)