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太田述正コラム#1481(2006.11.1)
<再び日韓合邦へ?>

1 始めに

 私が朝鮮日報の電子版のファンであることは皆さんご承知のことと思います。
 このところの同紙を見て、時代は再び日韓合邦へと動いている、と思えてなりません。
 もちろん、前回の日本帝国と大韓帝国(注1)の合邦と違って、今回は日本と韓国の合邦ですが・・。

 (注1)1897年??1910年に李氏朝鮮が使用していた国号。

 そのあたりのことを今回は記してみました。

2 外交・内政ともに見ておられない韓国

 (1)あやうい「自主」外交
 朝鮮日報の東京特派員は、上智大学の長田彰文教授の『セオドア・ルーズベルトと韓国―韓国保護国化と米国』という本に依拠して、「米国は西洋の列強として最初に韓国と・・韓米・・修好通商条約(1882年)を締結していた。そして、雲山金鉱の採掘権や京仁鉄道の敷設権などを始めとする深い利害関係で結ばれていた。そのため当時の米国の対韓政策には日本の対韓政策を左右するほどの重みがあった。 <この>修好通商条約の第1条には、「第三国が条約国の一方に圧力を加えた場合、事態の通知を受けた他方の条約国が円満な解決のために調停を行う」という「調停条項」が明記されていた。韓国はこの条項をよりどころとみなし、<日本が韓国に「圧力」を加えてきているとして、>米国が積極的<かつ>友好的に介入してくれることを期待した。・・高宗(注2)皇帝は宣教師のアーレンが<米国>公使として赴任<してく>ると、「米国はわれわれにとって兄のような存在だ。われわれは貴国政府の善意を信じている」とすり寄った。 こうした状況で<、当時の>米国大統領セオドア・ルーズベルト・・(在任1901??09年)・・は周囲に次のような書簡を送っている。「わたしは日本が韓国を手に入れるところを見たい。日本はロシアに対する歯止めの役割を果たすことになり、これまでの態度を見ても日本にはそうなる資格がある」、「韓国はこれまで自分を守るためにこぶしを振り上げることすらできていない。友情とは、ギブアンドテイクが成り立たなければならない。」 ルーズベルト大統領と激論を繰り返し、韓国の独立維持を主張したアーレン公使も、最後には次のような言葉を発した。「韓国人に自治は不可能だ。米国政府が韓国の独立という虚構を日本に要求し続ければ大きな過ちを犯す。」・・<こうして、>米国はロシアの南下を牽制するために露日戦争で日本を支援したのに続き、1905年7月にはフィリピンにおける米国の権益を日本に承認させる代りに、日本の対韓政策を支援するという内容の「桂・タフト協約」を秘密裏に締結した。・・<そして、>露日戦争以後、韓国は日本の保護国となり、5年後には植民地へと転落した。」と記しています(
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/10/31/20061031000024.html。11月1日アクセス)。

 (注2)高宗(コジョン、1852??1919年)は李氏朝鮮第26代国王、大韓帝国初代皇帝(在位:1863??1907年、皇帝在位:1897??1907年)(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%AE%97_%28%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%8E%8B%29
。11月1日アクセス)。

 同特派員がこの記事の後の部分で言っているように、韓国のノ・ムヒョン政権による、パワーの裏付けのない「自主」外交の迷走ぶりに愛想を尽かして、米国のブッシュ大統領は、セオドア・ローズベルト大統領の時から1世紀経った現在、再び韓国を見放し、その運命を日本に委ねようとしている可能性があります。

 (2)抗争ばかりの内政
 このたび、韓国政府の息のかかった団体が報告書を公表し、その中で、先進国入りに失敗する国の共通点として、第一に、強いリーダーシップと政策一貫性の欠如、第二に、労使紛糾の長期化及び硬直した労使関係、第三に、激しい与野の対立など政治体制不安、を挙げ、現在の韓国はまさにそうであると指摘しました。
 例えば、第二の労使紛糾については、「浦項建設労組のストが6月末から83日間続き、現代自動車の労組は19年連続でストを行っている。今年は、起亜自動車と双竜自動車も賃金団体交渉と構造調整に対する反発からストを決行し、生産に相当な支障をもたらし・・ている」というのです。
 (以上、
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/10/31/20061031000059.html
(11月1日アクセス)による。)
 開化派と守旧派勢力(衛正斥邪派)との対立が凄まじかった大韓帝国時代(ウィキペディア上掲)そっくりですね。
 日本統治下の朝鮮半島が、政情が安定したこともあって、めざましい発展を遂げた(コラム#265)ことをここで繰り返す必要はありますまい。
 注目されるのは、このほど韓国で、朴正煕政権時代に、新しい光を当てる歴史書、金龍瑞ほか5人著『朴正熙時代の再照明』(伝統と現代)が上梓され、朴政権が、大義名分や感情ではなく、現実と実利を認識し、生存と繁栄を成し遂げたことに学ぶべきだと指摘し、そのような成功をもたらすきっかけとなったのが日韓国交正常化であることに注意を喚起した(
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/03/20060903000010.html
。9月6日アクセス)ことです。
 どうやら、日本が再び韓国に手を差し伸べざるをえない時期がやってきそうですね。

3 今回は民衆レベルでは関係は良好

 幸いなことに、現在は大韓帝国当時とちがって、民衆レベルでは日本との関係は極めて良好です。
 朝鮮日報のもう一人の東京特派員は、「首脳会談を<開催できなかった>今年前半に日本を訪問した韓国人は100万人を越えた。急増の勢いを見せている。反日感情があったというが、昨年前半も2004年に比べ増えていた。よく見てみると、韓国の「日本ラッシュ」は女性が主導していることが分かる。一昨年にピークを迎えた日本女性の「韓流ブーム現象」が、逆に韓国で起きているのではと思うほどの急増ぶりだ。 12月から始まる「年末バーゲンセー ル」を前に、今、東京のブランドショップ各店は韓国からのショッピング客に期待をかけているという。30万ウォン(約3万7000円)の格安ツアーで真夜中に東京に到着し、100万ウォン(約12万4000円)分のブランド品を買いあさり、ソウルに戻る韓国のショッピング客の情熱は、日本の「韓流オバサマ」顔負けだ。これまで彼女たちにとって起きた変化といえば首脳会談の中止ではなく、100円=1000ウォン台だった円・ウォンレートが700ウォン台へとウォン高になったことだけだ。・・韓日関係は歴史ではなく現実、政治ではなく経済の面で、より早く進歩しているという事実を証明しているだけに過ぎない。韓国の「ショッピングおばさま」も、日本の「韓流オバサマ」も同じだ。女性の韓日関係だ。今や韓国は、日本に対し一喜一憂する時期でも、中国式の歴史カード外交を真似する時期でもない。それだから交流の方向はとても多様化し、民間レベルの韓日関係も非常に成熟している。」という記事(
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/10/23/20061023000030.html
。10月24日アクセス)を書いています。

4 結論

 以上を踏まえ、EU的な日韓共同体が今世紀前半中にも成立する可能性がある、とあえて大胆な予想をしておきましょう。

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