太田述正コラム#1612(2007.1.10)
<バグってハニー通信2:タイトルは下掲>

 DARPA博士 またはペンタゴンは如何にして心配するのを止めてトンデモ核爆弾を愛するようになったか

1 始めに

 「ジョルジュ・クレマンソー(注1)は戦争とはあまりにも重要なもので将軍たちには任しておけないと言った。50年前は確かにそうであったかもしれない。しかし、今の戦争は政治家たちに任せておくには重要すぎる。彼らには時間も素養もなく、戦略的に思考しようともしない。コミュニストの浸透、教化、 政権転覆、国際的陰謀に我々の尊い血肉を搾り取られ汚されることを黙って見過ごすことはもはや私にはできない。」 (ジャックDリッパー准将 。スタンリー・クーブリック『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(1964年)(注2)より)
 米軍が出かける先、火のないところ煙が立つのが常のようで、イラク戦争が始まってしばらくすると米軍がファルージャで白燐弾という殺人兵器を用いて虐殺を行っている、なんてデマメールが大量に舞い込みうんざりしたものです。今次の中東危機(太田流に言うところのレバント紛争)でもイスラエル軍が謎の殺人レーザー兵器を使っているなんてデマが撒き散らかされたようです。
 あまりにもくだらなくて反論する気にもなれないようなことですが、驚くことに米国国防総省ではおよそ実現性のない新型珍兵器の開発を大真面目に行っていたことを最近知りました。
 Science誌に掲載された二本の書評(注3、注4)を手掛かりに、今回はこのトンデモ核兵器ハフニウム爆弾とそれに引導を渡した謎のエリート科学者集団Jasonの実像に迫ってみたいと思います。

2 DARPAとJasonの成り立ち(注3)

 1957年の旧ソ連による人類初の人工衛星スプートニクの打ち上げは、米国に軍事研究開発機関の兄弟を産み落としました。
 翌58年、新技術の開発を通して敵に先んじるために兄貴分である防衛高等研究計画局(DARPA)が国防総省に設立されます。
 弟分のJason設立のきっかけは、さらにその翌年(59年)、マンハッタン計画の余韻に浸っていた物理学者たちが国防総省にある提案を持ち込んだことにあります。その計画とは一流の科学者を集めて、国家の安全保障に関わる重要な科学・技術的問題を集中的に研究する永続的な組織を創設するというものでした。翌60年には予算が認められ、Jasonは正式に発足します。
 政府は当初サンライズ計画という名前を用意しましたが、創設者の一人であるマーヴィン・ゴールドバーガー(Marvin Goldberger)の妻が他にもっと言い名前があると提案したのが、宝物探しの冒険に出たギリシャ神話の英雄イアソンにちなんだJasonでした。
 Jasonは発足以来、11人のノーベル賞受賞者を含む一流の研究者(主に物理学者)を常時40人前後、抱えてきました。Jasonという言葉は組織とともに組織を構成する個々のメンバーも指します。2002年の予算は約375万ドルに上ります。
 Jasonは隠匿性が非常に高い組織であり、発足以来50年を経ようとしている今、未だに科学者の間でもメディアの間でもその存在はほとんど知られていません。ヴァージニア州マクリーンにある事務所はメンバーのリストはおろかほとんどろくな情報を提供していませんし、Jasonメンバーが履歴書 やホームページでJasonであることを自慢することもありません。誰がJasonであるのかを知るにはJasonに聞くしかないのですが、口外するようなメンバーはいません。
 Jasonは他からの干渉を寄せ付けない、自律性の高い組織であり、それはJasonの独特の選考方法に起因しています。創設以来新たなメンバーはそのときのメンバーによって選ばれるしきたりであり、つまり、Jasonを選ぶのはJasonでしかありません。
 このようなメンバー選考方法は2002年、Jasonに解散の憂き目をもらたします(注6)。
 Jasonの主要なスポンサーであるDARPAは研究の方向性を変えるために勝手に三名の新メンバーを指定したところ、Jasonはこれに反発し新メンバーを認めなかったために、DARPAはJasonと手切れすることを決意してしまいます。幸いなことにDARPAに代わって国防総省でDARPAよりも上位にあるDDR&E(注7)が予算をつけることに名乗りを上げ、Jasonは存続の危機から救われます。

3 Jasonの功績(注3)

 (1)全般

 核爆発実験を伴わずに備蓄核兵器の信頼性を維持することは可能であることを証明したこと、大陸間弾道弾迎撃ミサイル防衛に関して数々の技術的問題を同定したこと、天体観測に用いるレーザーガイド補償光学系に必要な光源であるナトリウムレーザーの開発、などなどJasonの功績は枚挙にいとまがありません。

 とりわけ、そのハイライトとなるのはベトナム戦争の北爆に取って代わる新戦術の提案にあるでしょう。そして、それはJasonの鉄の掟が破られ、その存在が公になった唯一の時でもありました。
 1965年から北ベトナムに対する戦略爆撃、いわゆる北爆が始まりますが、それがあまり成果を挙げていないことを悟ったJasonはホーチミン・ルートを遮断するために地上のセンサーとそのデータを中継する航空機、その情報を待つ攻撃機、およびそれらを統合するコンピュータ・システムを提唱しました。
 この提言は1966年のペンタゴン報告書で当時の国防長官の名前を取ってマクナマラ・ラインという作戦に結実します。もちろん、このペンタゴン報告書のどこにもJasonの名前は出てきません。そして、それが彼らの誇りなのです。
 しかし、Jasonの名前が漏れ出したためにベトナム反戦活動家から熾烈な攻撃を受けることになります。多くのJasonの名前が公開され、中には脅迫や嫌がらせを受けるものもいました。 抗議の嵐の中、プリンストン大学のウィル・ハッパー(Will Happer)はJasonを裏切り、活動家グループに加わることを選択しました。
 このような反戦運動とは裏腹に、マクナマラ・ラインが計画通りに実行されていれば北爆による双方の死傷者を激減させることができたはずですが、運用上の失敗からそうなることはありませんでした。
 ところで、みなさんお気づきの通り、このJasonが提案した戦術はとりもなおさず偵察機による攻撃対象の捕捉と精密誘導兵器によるその破壊という、現在米軍が採用している戦術の原型 となったのです。

 最後に、Jasonの功績の一つとしてハフニウム爆弾(注4)は実現性が皆無であることを証明したことも挙げておきます。

 (2)引導を渡されたハフニウム爆弾

 このような輝かしい功績の陰に使い物にならなかった兵器もまた数多でした。DARPAが承認した計画が怪しげな科学のアングラ世界に迷い込むこともありました。
 反物質物理学を応用したロケット、第六感で行方不明になった兵士や隠された兵器を見つけ出す霊能者スパイ、テレポーテーションやワープ物理学などなど...。
 「たとえ何が疑似科学か分かっていても、それがトンデモだとはっきり分かるまではそうとは気付かないものだ」とはJasonとも関わりのあった、米国兵器管理軍縮局(ACDA)で主任研究者を務めたピーター・ジマーマン(Peter Zimmerman)による釈明の弁です。

 とりわけ、Jasonによって「想像上の兵器」との烙印を押されたハフニウム爆弾は滑稽でした。
 ハフニウム爆弾とは放射性同位体ハフニウム178を利用した新型核兵器であり、実現されればたった15センチほどの手榴弾が2キロトンの爆発力を発揮し、コンクリート製の地下壕をも貫く強力なガンマ線でテロリストの肉体をどろどろに溶かしちゃう、夢の新兵器になるはずでした。
Jasonによる評決は至極単純明快です。
 ハフニウムは取り扱い不能なほど放射能が強すぎるし、高価すぎるし、そもそもこの兵器を熱心に支持した物理学者たちが考えるようにX線では連鎖反応を起こせっこない、とのことでした。

 なぜ、こんなトンデモなことになっちゃったのでしょうか。
 トンデモ兵器への処方箋は以下の通りです。

一.ハイリスクはあえて 冒すべし。DARPAの辞書に不可能はない。

一.科学研究には付き物の上からの監督が及ばないようにし、金銭感覚を麻痺させるべし。
 国防総省のDARPA 以外の部署では、定期的な監督と査察が入ります。

一.ネガティブな結果は無い。 DARPAの辞書に失敗はない。
 2002年の長官トニー・ヘザー(Tony Tether)曰く「DARPAはグラウンドホッグデー(注8)のようなものだ。我々は同じへまを何度も何度もやらかす」。
普通の科学者は見当違いの結果は何か新発見をする好機と捉えるんですけどね。

一.短期集中を志向せよ。
 DARPAでは計画主任者は最長でも4年しか務められない決まりになっています。これは、硬直した頭でっかちな官僚主義を打破する可能性を担保する一方、長期に渡る計画は、それがたとえダメな場合でも、引き継がれることを意味します。冒頭に掲げたリッパー将軍の言葉をコミュニストをアルカイダに置き換えてもう一度読んでみてください。案外、DARPAの科学者たちの気分を代弁しているのではないでしょうか。

 私がこのコラムを執筆するのに活用したインターネットはもともとはDARPAが開発した軍事用ネットワークを発展させたものです。そんなDARPAの科学者たちでさえ、自然の法則を曲げるのは難しかったようです。

(注1)Georges Clemenceau。第一次世界大戦時のフランスの首相。
(注2)米ソ冷戦を痛烈に皮肉った、荒唐無稽な喜劇映画。米国から英国に渡った後のクーブリックの代表的作品の一つ。もちろん、リッパー将軍は架空の人物です。
(注3)http: //www.sciencemag.org/cgi/content/full/314/5806/1685b
(注4)http: //www.sciencemag.org/cgi/content/full/314/5806/1684
(注5)設立時は防衛(D)がつかず、ARPA と言った。
(注6)http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/295/5564/2340
(注7) Director of Defense Research & Engineeringの略。DARPAを含め、防衛研究全般を統括する。
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/296/5568/635a            (注8)ジリスを用いて春の到来を占う北米のお祭り。なお、目が覚めると同じ日が繰り返されるというお天気キャスターの悲劇をおもしろおかしく描いたビル・マーレイ主演の同名映画(邦題「恋はデジャブ」)も傑作です。
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<太田>
 文章は全くいじっていませんが、行変えを頻繁に入れ、若干行あけを行うとともに、小見出しをつける等をさせていただきました。
 なお、グラウンドホッグデーについては、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%9B%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%87%E3%83%BC
を参照してください。