太田述正コラム#1711(2007.3.29)
<日本は核武装すべきか(その1)>

<太田>

 私は、防衛庁の中にいた頃から、カーター政権末期以来、民主党、共和党を問わず、米国政府は一貫して日本に軍事的自立を促してきている、という認識を持っています(太田述正コラム#30)。
  なおこれは、日米安保を、拡大されたNATOの中に取り込む、あるいはオーストラリア等を含めた太平洋版NATOに発展させるもくろみとセットになっています(同上)。
 この事実から、日本のマスコミはあえて目をそらせてきたのではないでしょうか。
 現に、マスキー国務長官(当時)が初めてこのような趣旨の発言を行った(同上)際、これをキャリーした時事の配信を、日本のメディアは完全に無視しました。

 さて、この軍事的自立の中に、日本の核武装が入らないわけがありません。
 英仏はもとより、イスラエルやインド、更にはパキスタンにまで核武装を容認した米国ですよ。
 そもそも、これら諸国と違って、日本は、米国の核戦略に深くコミットしています(同上)。

 以上申し上げたことと、日本が核武装を選択するかどうかは全く別問題ですが、事実認識としては、以上のような認識を議論の共通の前提とすべきでしょう。

<バグってハニー>

 私は以下の三つの理由から太田氏の日本核武装論(注1)は意義が乏しく、実現性も非常に低いと考えます。

 (注1)私が核武装論者に「転向」したのは、つい最近の昨年7月のことであり、そのやむなき事情は太田述正コラム(#1339、1340。
http://ohtan.txt-nifty.com/column/
)上で明らかにしている。(太田)

??「米国は日本を核の傘の外に置いている」という前提がまずおかしい

 この傍証として前民主党政権のペリーらの発言を引いていますが、彼らの発言を太田氏が主張するように解釈することに私は同意しませんが、仮にそこは譲ったとしても、彼らの発言はあくまでも責任のない外野の発言でしかなく、それを「場合によっては米共和党も(太田コラム「戦後日本史の転換点に立って(その3)」から)」などと拡大解釈するのは根拠薄弱です。米国政府の真意はその最高責任者である大統領の発言から計るべきでしょう。高成田氏が「反撃されるかもしれないという可能性があれば、必ずしも100%反撃しなくても、抑止になる」といみじくも指摘したとおり、「攻撃される可能性は低いかもしれないが、もしも被害を受ければ甚大になる」というのが核による抑止の基本ですから、米大統領自身の明確なメッセージは核抑止の上で絶大な効果があります。
 北朝鮮の核実験直後にブッシュ大統領は以下の声明を表明しています。
 「私は、韓国と日本を含むこの地域の同盟諸国に対し、米国は核抑止と安全保障のコミットメントの全てを履行するであろうことを改めて保証した(太田コラム「北朝鮮核実験か(続x5)」から)」
 つまり、大統領自ら米国の核の傘は万全であることを保証しました。
 また、ブッシュ大統領は折に触れ北朝鮮の問題は話し合いによって解決することを強調しています。これは、ペリーらが主張する拙速な武力行使を明確に否定していることになります(というかブッシュが弱腰だからペリーらは強硬なこと言ってるのですが)。ブッシュの話し合い路線には様々な理由があると思いますが、米国が北朝鮮に武力行使すれば、韓国と日本の一般大衆が巻き込まれることは目に見えていますから、ブッシュ大統領は両国に対して配慮しているとも考えられます。さらに同日の会見では

 「北朝鮮による、核兵器または核物質の国家または非国家的存在への移転は、米国にとって重大な脅威であると見なされ、かかる行為のもたらす結果に対し、北朝鮮に完全に責任を負わせるだろう(同コラムから)」

とも語り、これはWP紙のクラウトハマーによれば

 「米国またはその同盟諸国で核爆発が起こった時は、北朝鮮以外に、核に係る諸義務をかくも不用意に破る核保有国はありえないので、これは北朝鮮による攻撃であると見なし、米国は北朝鮮に対し全面的な核報復を行う(同コラムから)」

ことを意味します。つまり、米国は従来の核抑止策に加え、「拡張された核抑止(同コラムから)」を整備する用意があることを表明しました。
 拡張された核抑止では、例えばテロリストによる核攻撃に報復する際に、その出所を迅速に同定することが重要になります。ブッシュ大統領の声明に呼応し、この「核反応物質プロファイリング」を実現すべく、マイケル・メイ(Michael May)ローレンス・バリモア国立研究所名誉所長、ジェイ・デービス(Jay Davis)米国防脅威削減局前長官、レイモンド・ジーンロズ(Raymond Jeanloz)米科学アカデミー国際安全保障軍縮委員長の三名はネーチャー誌に連名で国際的なデータ・バンクの創設を提言しました。
http://www.nature.com/nature/journal/v443/n7114/full/443907a.html
 今現在の技術でも、爆発が核によるものかどうかは一時間以内で、核物質の種類と起爆装置がどれだけ精緻であるのかは数時間から数週間で、核物質の「指紋」とも呼ぶべき固有の化学的物理的特徴は1??2週間で判明します。ウランなら、どこの鉱山で産出され、どのように処理されたかによって同位体や不純物の組成が変わってき、プルトニウムも原子炉のタイプによって特有の変化が生じます。核爆発では必ず核反応物質に燃え残りが生じるので、後はそれを採取し、あらかじめ収集しておいたデータ・ベースとつき合わせることによって出所が判明します。
 ドイツ・カールスルーエの超ウラン元素研究所やオーストリア・ウィーンの国際原子力機関にはそのような核反応物質のデータ・ベースがすでに存在します。これらを国際的な協力によってより完全なものにしていくことが期待されます。テロリストやテロ国家がたとえこっそり核を爆発させても必ず突き止められて報復にあう、というのであれば、それは新たな、強力な核抑止となることでしょう。

 すなわち、米国による核の傘はほころんでなどおらず、むしろ拡大強化されつつあると言えます。この時点で太田氏が唱える日本核武装論の根拠はすでに崩れています。日本がとるべき道は核武装などではなく、米国や諸外国と協調し、さらにはイニシアティブをとって、この新たな核抑止策を推進することにあると私は考えます。

(未完)

<太田>

 続編に期待していますが、このやりとりを情報屋台の掲示板に転載させていただいていることをお断りするとともに、そそっかしい「やみ鍋亭」さんに代わって、彼の言いたいこと(太田掲示板#203以下参照)をより的確に代弁しようとされていることに対し、私からも御礼を申し上げます。

 それにしても、苦笑せざるをえません。
 バグってハニーさんのおっしゃっていることは、昨年7月までの私の考えそのものであり、しかも、(最近のものではありますが、)私のコラムを盛んに引用しながら論旨を進めておられるからです。
 ですから、まるで自分自身に対してコメントするようなコメントを次回以降行う羽目になりそうです。

 以下は、コメントではなく、議論が拡散しないための頭の整理の第一弾です。
 典拠はつけなかったことをお断りしておきます。

 非核武装論は非武装論の一環であり、非武装論者でない人が非核武装論をとるのは論理的には矛盾です。
 だからこそ、米・ソ(露)・英・仏・中・イスラエル・印・パキスタンは核武装をしたわけですし、北朝鮮やイランは核武装をめざしているわけです。

 ただ、核兵器の使用にともなう直接的間接的惨害は在来兵器の使用の場合とは比較にならないくらい大きいことから、世界の大部分の人は、できれば自分自身が核兵器を使用する意思決定を行う立場には立ちたくないという気持ちを抱いているのではないでしょうか。
 また、核兵器を使用する意思決定を行う主体が増えれば増えるほど、その主体が非合理的な判断をしたり、あるいは事故が起きたりして、核兵器が実際に使用される可能性が増えることも懸念されます。

 ですから、核兵器は持たないし、他国に自分達のために核兵器を使わせることもしない、という方針をとる国が世界で大部分を占めていることは何ら不思議ではありません。

 その一方で、少数ながら、自分では核兵器は持たないけれど、国際機構に自分達のために核兵器を使わせるという方針をとる国もあります。
 米国以外のNATO加盟国がそうです。
実際には、米国が米国以外のNATO加盟国のために核兵器を使用するわけですが、核兵器の配置/備蓄場所(ただし、戦域・戦術核兵器が前方展開されていた頃)や核兵器使用をめぐって、加盟国の意向が反映するメカニズムがあります。

 最後に、極めて少数ながら、自分では核兵器は持たないけれど、他国に自分達のために核兵器を使わせるという方針をとる国もあります。豪州、韓国等米国と二国間軍事同盟だけを締結している諸国がそうです。
 日本もそうであり、この方針を、「やみ鍋亭」さんもバグってハニーさんも是認しておられるようです。昨年7月までの私もそうでした。

 ただし、私はこの方針を無条件で是認していたわけではありません。
 私は一貫して、日本が豪州や韓国等以上に米国の核戦略に深くコミットしながらも、その事実が国民に対して全く開示されておらず、かつ豪州政府や韓国政府等と違って、日本政府と米国政府との間で、米国の核の配置や米国による核使用に関する話し合いが全く行われていないという深刻な状況について、世論に注意を喚起してきたのです。
 なお、米国の核戦略へのコミットとは、NATO有事等における日本の自衛隊の在来兵器による第三国の核戦力の撃破計画が存在していることを指しています。

(続く)