太田述正コラム#1707(2007.3.27)

<慰安婦問題の「理論的」考察(その8)>(2007.4.30公開)





<その後の米英での動き>



 準アングロサクソンのオランダでは、同国の外務省がホームページに、「日本は1993年の声明(河野談話)で日本軍が第2次大戦で数千人の女性を性奴隷にした点を認めたが、日本政府の最近の発表ではこれらの認識に疑問が示されている。日本の新しい声明は歴史的証拠と反し、被害者やその家族を苦しめている」と記し、カナダのマッケイ外相は20日の国会での答弁で、「カナダは第2次大戦で多くの苦痛を味わった女性に対して大きな同情心を持っている。彼女たちへの誤った行動やその苦しい時代を決して忘れてはならず、この問題は放置されてはならない・・日本の外相にこの意見を今週中に伝える。日本の首相の発言に対して遺憾を表明し、女性たちに対する謝罪問題には明確な態度を要請する」と述べました。



 また、ニューヨークタイムスが社説で日本政府を非難した(

http://www.nytimes.com/2007/03/06/opinion/06tues3.html?_r=1&oref=slogin



ことについては先に太田掲示板上で話題になりましたが、今度はワシントン・ポストまで24日、社説で、安倍首相が日本軍「慰安婦」に対する日本政府の過去の立場から後退するのは「民主国家の指導者として恥ずかしい」と非難するとともに、安倍首相が北朝鮮の日本人拉致問題については執拗な一方、「第2次大戦中に数万人を拉致、性暴行し、性奴隷とした日本の責任に対して後退しているのは無礼なこと」と指摘し、更に、慰安婦問題についての「歴史的記録は北朝鮮による拉致事件に劣らず証拠がはっきりしている。歴史専門家は20万人に達する女性が韓国、中国、フィリピンなどアジア諸国から奴隷として連行され、日本軍が拉致に加担したと明らかにしている」と強調しました。

 (以上、http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/03/26/20070326000009.html

(3月26日アクセス)による。)



 そこへ本日、日本のメディアや韓国のメディアの電子版はほとんどとりあげなかった話を、米英のメディアが大きくとりあげました。

 26日の国会で、安部首相が、「従軍」慰安婦について謝罪をし、にもかかわらず、官憲による強制連行は再度否定したのですが、これは河野談話を踏襲しただけのことであるところ、何故これがニュースになるのかいささか理解に苦しむのですが、ニューヨークタイムスと英ガーディアンがこれをそのまま報じたのはまだしも、英ファイナンシャルタイムスと英BBCに至っては、安部首相が強制連行を再度否定したことには触れず、謝罪をしたことだけを報じたのです。



 これらメディア、とりわけファイナンシャルタイムスとBBCの報道から、アングロサクソンは、強制性の有無を問わず、慰安婦制そのものを問題にしているのではないか、という私の推測が裏付けられた思いがしました。

 この文脈で見過ごすことができないのは、ニューヨークタイムスが、「しかし、私は本件が非常にむつかしい問題であると考えており、われわれは日本の人々がこの問題に引き続き取り組み、犯した犯罪(crimes)の重さを認めるという率直かつ責任ある姿勢でこの問題に対応することを心から期待している」という異常なまでに厳しい米国務省報道官の言を報じていることです。

(以上、

http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6495115.stm

http://www.ft.com/cms/s/c0e64506-dbb3-11db-9233-000b5df10621.html

http://www.nytimes.com/2007/03/27/world/asia/27japan.html?pagewanted=print

http://www.guardian.co.uk/japan/story/0,,2043671,00.html

(いずれも3月27日アクセス)による。)

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 19世紀を迎えた頃の英国は、良く言えばバイロン、シェリーらのロマン主義の英国であり、悪く言えば、俗悪で、酔っぱらいの多い、歯に衣を着せない物言いをする、直截的にして性的放縦の英国でしたが、1937年のビクトリア女王就任の頃になると、英国は、すっかり様変わりしてしまいました。

 重苦しい中産階級的価値観が支配する、禁欲的、婉曲的、同調的にして性的抑制の国、英国へと変貌したのです。



 この180度的な大きな変化は、フランスの軍事的脅威、フランス革命伝播への恐怖、そして急速に発展する不安定な産業資本主義、が引き起こした社会的不安に危機意識を募らせ、犯罪・貧困・社会的騒擾の増大は放置できないとし、問題は貧困層や労働者階級の背徳にあると考えたところの、ウィルバーフォース(William Wilberforce。1759〜1833年)らのプロテスタント新宗派の博愛主義者達、ベンサム(Jeremy Bentham。1748〜1832年)らの世俗的な効用学派の哲学者達、及び自由市場を信奉する経済学者達が手を携えて、貧困層や労働者階級を主たるターゲットとして、性的節制・勤勉・自己抑制・洗練された行儀作法、を旨とする社会改革/道徳改革運動を展開したために生じたものです(注13)。 



 (注13)慈善事業も、貧困層の自立を促すような方法と姿勢で行わなければならないとした。



 1859年にミル(John Stuart Mill)が自由論を書いたのは、このビクトリア朝的倫理感への異議申し立てであったのです。

 やがて英国は、この禁欲的なビクトリア朝的倫理感から次第に解放されて行きます。

 ところが最近、英国では、保守党を中心にこのビクトリア朝倫理感への郷愁が高まっています。

 サッチャーは首相当時の1983年、「私はビクトリア朝的な祖母に育てられたことに感謝している。そのおかげで、われわれは勤勉、自分の何たるかを証明すること、人頼みをしないこと、浪費をしないことを叩き込まれた。これらのビクトリア朝的価値観こそ、わが英国を偉大にしたゆえんなのだ。」と宣言したものですし、つい最近も、保守党の影の司法大臣(attorney general)もビクトリア朝的価値観を褒め称えたところです。

 しかも、できそこないとはいえ、米国もアングロサクソンである証拠に、その倫理感の変遷は、以上ご紹介した英国の変遷を、タイムラグはあっても忠実に追って現在に至っているのです。

 (以上、ビクトリア朝的倫理感については、

http://www.slate.com/id/2162372/pagenum/all/#page_start

http://www.nysun.com/article/49949

http://www.amazon.com/Making-Victorian-Values-Decency-1789-1837/dp/1594201161

(いずれも3月23日アクセス)による。)



(続く)