太田述正コラム#1813(2007.6.16)
<防衛庁再生宣言の記述をめぐって(続x5)>

1 始めに

 本シリーズもいよいよ佳境に入ってきました。
 JSFさんとバグってハニーさん(BHさん)ご両名の絶大なるご貢献に心から感謝申し上げます。
 本篇も即時公開します。

2 ご両名と私とのやりとり

<JSF>
>JSFさんは、ミリバラがいかに信頼が置けないか、という主張をされているわけです。(太田)

 いいえ、ミリバラ記載の自衛隊の戦闘機数は編成単位の数でしかなく、予備機や保管機を含んでいません。一方、イギリス軍の機体の数は、常用機と予備機の数が詳細に書かれています。
 そして太田さんの著書内容は「自衛隊は予備機を含まず、英軍は全保有数」で比較している為、比較になっていないというわけです。つまりミリバラが悪いというより、太田さんはミリバラの内容を読めていないのです。

<バグってハニー>
 JSF氏は、このことに関してご自身のサイトで明瞭に説明したと思いますが、私の言葉に置き換えて説明したいと思います。

 JSF氏が注目したのはミリタリーバランスではF-15が約170機となっているのに対して同時期の防衛白書では同じF-15が203機とされており、明確に食い違っている点です。氏はこれは防衛白書が保管機を含めた全保有機を数えているのに対してミリタリーバランスは保管機を除いた実際の配備数だと解釈しました。この見解はミリタリーバランスの注釈に裏付けられています。

Stocks of equipment held in reserve and not assigned to either active or reserve units are listed as 'in store'. However, aircraft in excess of unit establishment holdings, held to allow for repair and modification or immediate replacement, are not shown 'in store'. This accounts for apparent disparities between unit strengths and aircraft inventory strengths

 装備のうち予備役は、また現役でも予備役でもなくても保管されているものは「保管中」と記した。しかし、航空機はこの限りではない。部隊を編成した後の剰余機、つまり、修理中や改修中や交替用の機体は「保管中」には含まれない。これが部隊別の戦力と装備一覧の戦力とが食い違う原因である。

 最後の一文は、ミリタリーバランスでは一般的に各装備が、部隊編成一覧表と装備一覧表の二箇所に出てくることを指しています。これを頭に入れて日本を見ると航空自衛隊は部隊編成一覧しかなく装備一覧を欠いています。そして、「保管中」の機体は一切、記されていません。これは、ミリタリーバランスからは日本の保管機が何機あるのか知ることができないことを示しています。

 この問題に対する解決法は二つあります。ミリタリーバランス以外の資料を用いて、例えばJSF氏が例示した資料を用いて保管機込みの全自衛隊機を調べることです。この場合、自衛隊機は増えます。その計算例はJSF氏のサイトにあります。

 もう一つの手は英国も保管機抜きにすれば、それでもミリタリーバランスを用いて比較ができます。日本とは逆に英国の項では部隊別の配備数が書いてないですが、装備一覧の項では配備数と保管機数が分けて書いてあるので、後は保管機を足さなければいいだけです。この場合、英軍機が減ります。その計算例は私がNo.738で示しました。

 どちらの手法にせよ、日英の戦力差はさらに縮まり、日本は英国の約7〜8割の戦闘機を保有または運用していることになります。

<JSF>
>私とJSF氏の意見はほぼ一致していると思います。先生はまだ異論があるようですが...。もう一度、JSF氏のサイトを冷静に読めば何がおかしいのかにそのうち気付くと思います。(BH)

 私もこのシリーズの連載をあと3回くらい書く予定なので、何時かきっと気付いてくれると思います。


>をわざわざ引用したのはそのこと(ミリタリーバランスの数の引用の限界)を示すためです。だからといって太田氏の単純な数による日英の戦力比較に意味がないとは考えていません。(BH)

 数の比較自体は構いませんが、練習機を戦闘機扱いするのは水増し行為だと申し上げています。

>太田氏がミリタリーバランスだけに依拠して著述したのがおかしいという意見があるようですが、私はそうは思いません。そもそも、ミリタリーバランスは装備も運用の仕方もバラバラの各国の戦力に統一した基準を当てはめて定量的に戦力を比較する目的のもとに書かれています。二国間の戦力を比較するのにはこの上ない資料といえるでしょう。大事なことはそれを引用する者の裁量が入り込まないように必ず対応する項目を抜き出してくることではないでしょうか。その点において太田氏の引用の仕方は厳密さを欠いていたことは確かだと思います。(BH)

 ミリタリーバランスには価値があります。ですが書いてある数値の意味を理解しようとせず、ただ書いてあるからといって表面上の数値のみ引用するやり方が許されるのは、素人だけです。

>戦闘機の数を比較したいのであれば、一番単純なのはミリタリーバランスが戦闘機(FTR)として計上している航空機の数を抜き出してくることです。その例はすでに以前示しました。太田コラム#1806ではミリタリーバランスの戦闘機の定義が示されていますが、実際にミリタリーバランスが戦闘機として計上している機種を見れば、ミリタリーバランスが言う戦闘機とは何であるのかは明確だと思います。すなわち、F.3とF-15J、制空専用の防空戦闘機です。この場合、太田氏の著作とは日英の優劣が逆転してしまいますが、私はそれでもよかったと思います。というのは、日本は制空専用戦闘機が多い代わりに、JSF氏が指摘したとおり爆撃能力のある戦闘機は英国よりも少ないからです。すなわち、これは日本の戦力が英国との比較において「歪」である一例であり、太田氏の著作の該当部分の文意は損なわれないと思うからです。(BH)

 いえ、制空戦闘機が100機しかない英軍こそ歪んでいると言えるでしょう。米軍は戦闘爆撃機の他に制空戦闘機もきちんと数を確保しています。フランス軍もです。ロシア軍もです。
 そして自衛隊は対地爆撃能力こそ英軍にくらべ劣っていますが、対艦攻撃能力は上回っていますので、防衛構想として正しい選択です。

>しかし、この戦闘機の定義はあまりにも狭くて一般的な用法とは必ずしも一致していないと思われます。一般大衆向けに書かれた本で制空戦闘機と戦闘攻撃機を分けて議論することはあまり生産的ではないかもしれません。そこで、次善の策として戦闘用航空機の数を比較することを私は提案しました。こちらもミリタリーバランスがその定義に従ってすでに数字を用意してくれています。また、この数字には潜在的な戦力も含まれているので、より適正な比較であるともいえます。ただし、JSF氏の言う通り、ニムロッドは戦闘機とはかけ離れていますから、それを除いて比較するというのは最も妥当だと私も思います。(BH)

 太田氏が戦闘機といったり戦闘用航空機といったりブレているのが気に掛かります。私としては戦闘機相手に戦闘を出来るのが戦闘機くらいに考えてくれればいいと思っています。故にニムロッドは除外しますし、ホーク練習機も除外します。

>ところで、

>> これは防衛型の軍隊と侵攻型の軍隊の違いです。

>JSF氏はこれまで太田氏にいろいろと批判を加えてこられましたが、おそらく太田氏が同書の該当部分で主張したかったのはまさしくそのことだったのだと思います。そして、さらに太田氏が主張したいのは

>>航空自衛隊とイギリス空軍が戦闘を行った場合、航空自衛隊の圧勝に終わります。

>という考え方が必ずしも正しくないということだと私は思うのです。(BH)

 空中戦闘を行えば航空自衛隊は確実に勝てます。現代航空戦はBVR戦闘が勝利の鍵です。

<太田>
>Stocks of equipment held in reserve ・・ aircraft inventory strengths

 なるほど。
 ミリバラ2000〜2001(PP6)にもあるこの記述を見落としていました。
 ご両名、ご指摘、大変ありがとうございました。
 そうである以上は、航空自衛隊の'aircraft in excess of unit establishment holdings, held to allow for repair and modification or immediate replacement’・・これは何と名付けるべきでしょうね。「保管機」という言葉を用いるわけにはいかない(注)し、さりとて「予備機」よりも広い概念ですよね。「予備機等」とでもしますか・・を別の公刊資料で補った上で、(ミリバラの英空軍と海軍のところの機数には、この予備機等も計上されているという前提で、)改めて日英比較をすべきでした。

 (注)バグってハニーさん。この英文は、「しかし、航空機はこの限りではない。・・」という訳よりも、「なお、航空機中、・・」と訳す方がより適切だと思いますよ。
 
 さて私は、保管機はもちろん、この予備機等も、日英比較の際に機数としてカウントすべきだという立場ですが、この点については、ご異論はあるのですかないのですか。
 また、カウントすべきだという前提の下で、、航空機数を当時の、例えば防衛白書に拠って一部補正した場合、「戦闘用航空機」(除く対戦機)の日英比較はどうなりますかね。
 日本が英国の8割まで高まりやしないと思うのですが・・。

 ところで、英軍の当時のホークは、どうしてすべて、ミリバラにいう「戦闘機」に該当しないのですか。これにもぜひお答え下さい。
 この点がはっきりしないと、(本来の意味の)「戦闘機」ベースの日英比較がいつまで経ってもできませんので・・。
 (本来の意味での)「戦闘機」ベースの日英比較は止めた方がよい、というのであれば、そうしますが・・。

<バグってハニー>
>航空自衛隊とイギリス空軍が戦闘を行った場合、航空自衛隊の圧勝に終わります。(JSF)

 もう一つの可能性は自衛隊の不戦敗です。普通、無意識のうちに英軍が日本に攻め込むというシナリオを想定しますが、当然、日本が英国に攻め込むというシナリオもあります。JSF氏も認めるとおり、自衛隊には外征力がないので、そもそも戦闘が起こらない→自衛隊の不戦敗になります。

 日本が打って出る必要性に駆られることは今のところ想像しにくいですが、ありえないことではありません。今、在韓米軍はどんどん縮小していますが、米軍が完全に撤退した後に、南北朝鮮で戦端が切り開かれるといった可能性があると思います。その際、米国が何らかの政治的判断により参戦しないと判断した場合、日本は窮地に追い込まれます。たとえ、日本本土が直接被害を受けることがなくても、韓国には何万人とも言う日本人駐在員・観光客がおり、外征力を欠いた今の自衛隊の戦力ではこれを見殺しにするしかないからです。

 太田氏は著書の中で、自衛隊の戦力は「蜃気楼のようなもので」「実態は殆ど何もな」く「あまりにも弱体」などと刺激的な言葉を繰り返していますが、これは日本が他国の侵略に簡単に屈服すると言う意味ではありません。太田氏の見解はそれとは正反対でしょう。ソ連の脅威が喧伝されていたときであっても、自衛隊・米軍の方があまりにも優勢であったので、手加減しながら机上演習を続けていたことを暴露したのは太田氏自身です。
http://blog.mag2.com/m/log/0000101909/?userid=1019090&STYPE=2&KEY=%97%A4%8F%E3%8E%A9%89q%91%E0%82%CC%8A%F7%8F%E3%89%89%8FK

 兵員装甲車の数が少ない、「肝心の空母や揚陸強襲艦といった攻撃用の艦艇を全く持っていない」、といった文言から自衛隊の防御力ではなく、攻撃力・外征能力が著しく劣っていることを太田氏が問題視していることが推察されます。攻撃ヘリや戦闘機の数を俎上に載せたのもこれらを攻撃力の尺度として用いたかったからでしょう。

 例えば、英海軍にはヘリ揚陸艦オーシャンというのがあります。
http://en.wikipedia.org/wiki/HMS_Ocean_%28L12%29
 英海軍はこれに最大18機のヘリを搭載して、実際にイラク戦争で使用しています。これは、太田氏が指摘した通り、自衛隊が持っていない兵器の一つです。

 ガゼルはそれ自身は対戦車攻撃力を有していなくても、英陸軍がガゼルを対戦車攻撃の要としてカウントしていることに変わりはありません。
http://www.army.mod.uk/equipment/ac/gazelle.htm
 というのは、ガゼルはリンクスなどの攻撃ヘリと対にして対戦車戦に投入されるからです。
http://www.army.mod.uk/aac/units/3_regiment_aac/662_squadron/index.htm
 (中ほどに、リンクス6機、ガゼル6機で部隊が編成されたことが書かれています。)
 英陸軍のガゼルが対戦車ヘリではなかったとしても、太田氏が同機を「対戦車機動攻撃力」にカウントしたことは的外れではありません。形には表れずとも、日本にはなくて英国にあるものとして、このような部隊運用のノウハウも挙げられます。

 そして、日本に決定的に欠けているのは実績です。英国はこのような対戦車ヘリ部隊を湾岸戦争やイラク戦争に投入して実際に多大な戦果を上げています。すなわち、これらの兵器、部隊はすでに実戦でテスト済みです。

 対戦車攻撃力は攻撃ヘリの数比較だけでは決まりません。対戦車部隊を敵地まで輸送し展開する能力、戦闘を継続するための補給、部隊を運用するノウハウ...。これは単なる後付の解釈変更ですが、太田氏がいう「対戦車機動攻撃力」の機動とは対戦車へリ部隊を機動的に運用する能力と定義すれば、太田氏がこのような議論を尽くしておらず、それが同書の目的ではないとしても、日本の「対戦車機動攻撃力」は英国よりも劣っているという太田氏の指摘は、とりもなおさず真実を突いていることに変わりはありません。

 自衛隊の装備は防御型で攻撃力・外征力を著しく欠いていたり、自衛隊が実戦に投入されたことがないのは自衛隊の責任ではありません。それは、憲法の制約の下、政治家が行った数々の決断の帰結にしか過ぎません。太田氏の論考はそのような政治問題には触れずに、自衛隊の装備に着目してボトムアップ式に日本の安全保障における潜在的な問題点、すなわち、防御は固いが打って出ることができないという問題点を軍事にはほとんど関心がない一般大衆に対して喚起しようとした点がユニークであったと私は思います。

 さて、6年前に太田氏が訴えた問題意識はそもそも議論する価値もなく、杞憂に終わった問題ではありません。9/11、それに引き続いてアフガン、イラク戦争が起こり、同盟国からの要請を受けて、日本にはこの外征力に欠く自衛隊でどのような貢献ができるのかという難問が突きつけられました。6年の間に日本は英国に近づくための歩みをたとえ小さかろうとも確実に続けてきました。現在では、法の改正により自衛隊の主任務に海外派遣が加えられ、自衛隊はどのような任務・役割を負うべきかが政治家によって議論されています。今後はその結論に従って、自衛隊にどのような装備が必要であるかという議論に移っていくことでしょう。

 太田氏の引用が厳密さを欠いていたことは確かですが、自衛隊の装備を通して日本の安全保障の問題点を訴えようとした太田氏の著書の意義は全体として損なわれたわけではないと思います。同書が9/11の前に書かれたことに思いをいたせば、自衛隊の装備の問題点を指摘した同書は慧眼にあふれていたともいえます。おそらく、太田氏にも全く予期できなかったのは6年も経って挑発的な文言に反応したのが軍事に関心のない一般大衆という想定読者ではなく軍事愛好家であったことではないでしょうか。