太田述正コラム#1825(2007.6.21)
<安全保障をめぐる読者とのやりとり>

1 始めに

 読者お二人との、安全保障をめぐるやりとりをコラム仕立てにしました。
 やはり、事柄の性格上、即時公開します。
 なお、バグってハニーさんから届いたメールをぶつ切りにして、私の回答を挟む形にさせていただいたことをお断りしておきます。

2 読者とのやりとり

<バグってハニー(BH)>
 掲示板、残念なことになっちゃいましたね。ただ、島田さんの気持ちは私よく分かります。正直言うと、私も一度はもう縁切ろうかと思いました。私 はこの「軍事愛好家」の方たちがどういう人達か理解しているつもりです。先生に対する悪意や政治的意図はなく(自衛隊がバカにされるのは鼻持ちならんというのはあるかもしれないですが)、ただ純粋に間違っている数値を正したいだけなんですね。なのに、木で鼻をくくった対応しかしないでしょ。そりゃ、先生の理屈もよくわかりますけどね。ただ、そんなの自分の評判を落としてまですることじゃあないでしょう。戦術にこだわるあまり戦略目標を見失っているというか。誰か旧軍に喩えていた人がいましたけど、私もそう思いました。

 ただ、もう終わったことはどうしようもないですし、私には関係ないです。誰が何と言おうと私は先生のコラムを読み続けるだけです。

<太田>
>(自衛隊がバカにされるのは鼻持ちならんとい うのはあるかもしれないですが)、ただ純粋に間違っている数値を正したいだけなんですね。

 私は「軍事愛好家」の皆さんとの邂逅は生まれて初めての体験だったけれど、「大方の自衛官」の皆さんとは30年近くお付き合いして、それが「どういう人達か理解しているつもりです」。
 議論の途中で「軍事愛好家」の多くの皆さんとは「手打ち」が成立したことにお気づきでしょうか。
 にもかかわらず、その後も執拗に同じ話をむしかえして議論を続けた皆さんは、大方の自衛官または大方の自衛官的メンタリティーを持った人々です。
 このように、日本の「軍事愛好家」にも、「単なる軍事愛好家」と「自衛隊愛に燃える人」の二種類あることを浮き彫りにできたこと、更にその後の後者の「自衛隊愛に燃える」皆さんとの議論を通じて、彼らの「自衛隊愛」が、エゴイズムと、無知に由来する専守防衛信奉に基づいていることを白日の下に晒すことができた、という成果が得られたのですから、私の「ソクラテス的議論」は成功したのです。
 すなわち、「戦術にこだわ」ったおかげで、私はこのような「戦略目標」を達成することができたわけです。

>正直言うと、私も一度はもう縁切ろうかと思いました・・<が、>誰が何と言おうと私は先生のコラムを読み続け<ま>す。

 日本の軍事愛好家ではないあなたにこういう言い方をするのは失礼かもしれませんが、あなたは「単なる軍事愛好家」であったということです。おめでとうございます。そして、ありがとうございます。

<BH>
 英陸軍のガゼルについて私はああいうことを書きましたが、このヘリは対戦車/攻撃ヘリじゃないです。
 ひょっとしてJSFさんが思い違いしている、 知らないだけかもしれないと思って、英陸軍のホームページで検索かけて片っ端から文書を読みましたが、ついぞ、対戦車兵器を積んでるとか、実際に攻撃した とかいった記述には出くわしませんでした。たぶん50ページくらいは読んだと思います。逆に、リンクスや仏軍のガゼルに関しては何という対戦車ミサイルを いくつ積んだとかいう記述はいくらでも見つかります。
 だから、なおさらなぜミリタリーバランスで英軍のガゼルが攻撃ヘリに分類されていたのか不思議なのですが。
 また暇を見つけてこの謎に挑戦したいとも思いますが、仏軍なんかでは対戦車ミサイルを積んでるから、英軍に関しても昔のミリタリーバランスは可能性を指してただけなのかもしれないです。

<太田>
>ミリタリーバランスは可能性を指してた<のでは?>

 英陸軍にはガゼルに、(戦車にも有効な?)武器を搭載する運用構想があったのではないか、と私が一貫して指摘してきたことはご承知のとおりです。
 ここぞまさに、軍事愛好家の鼎の軽重が問われるところです。
 状況証拠をいくら持ち出しても決め手にはなりません。
 IISSに問い合わせれば、必ず返事が来ます。
 その手間を惜しんで私との議論を蒸し返しているだけでは、彼らは未来永劫軍事研究者に脱皮できないでしょう。
 遺憾ながら、日本の軍事愛好家の力量を上げて軍事研究者に脱皮してもらう、という私のもう一つの「戦略目標」はまだ達成できていません。

<BH>
 あと、ホークは戦闘機じゃないです。
 ミリタリーバランスでは練習機ではあっても兵装を積んで攻撃に用いる可能性があれば戦闘用航空機にカウントされます。でも、ホークはその戦闘用航空機にカウントされてないです。これは、ホークには対空を含むあらゆる攻撃能力が可能性としてもないとミリタリーバランスがみなしているということです。だから戦闘機ではありません。
 どんなに優秀な専門家でもなんでも知っているわけじゃないし、間違いを犯さないわけではない。そういうことはみんな自分の経験として知っているわ けですよ。それで、先生は自分は軍事じゃなくて安全保障の専門家だと言ってるわけでしょ。なんで、こんなことにいちいちこだわるのかが私には理解できない です。まあ、もうそんなこと言っても仕方ないですけどね。

<太田>
 ミリバラがホークT1.Aを戦闘用航空機にカウントしていることは、BHさん以外の全員にとって周知の事実です。
 そして、ミリバラの戦闘機の定義に照らせば、(少なくとも)ホークT1.Aは戦闘機だということになります。
 残るのは、ミリバラのこの戦闘機の定義の妥当性の問題です。
 ついでに言うと、なぜミリバラが、航空自衛隊のT2はすべて戦闘用航空機にカウントしているのにホークT1は戦闘用航空機にカウントしていないのかも私には謎です。
 軍事愛好家の皆さんがこういったことにすぐ答えられないのなら、やはりIISSに問い合わせるべきでしょう。
 「軍事じゃなくて安全保障の専門家」である私としては、あえて「こんなことにいちいちこだわる」戦術をとることによって、上述のいくつかの戦略目標の同時達成を図った次第であり、ご理解いただきたいと思います。

 念のため、更につけ加えておきましょう。
 いくらミリバラが全世界を扱っているとは言え、IISSのお膝元の英国についての記述に関しては、ミリバラは特に権威があると考えなければなりません。
 何せ、ロンドンではIISSの本部でミニ講演会が昼飯時に毎週(だったか)開かれており、そこに英国人を中心とする軍事や安全保障の専門家が多数参集します。ミリバラの英国の箇所に不正確な記述や間違いがあれば、即時にやり玉にあがるはずです。

<BH>
 ところで、#30と#58読んできました。それで、この水平エスカレーション戦略というのに興味を持ったのですが、「海上自衛隊はヨーロッパで戦 端が開かれた際には旧ソ連の戦略原潜を攻撃する密命を帯びていた」というのが失礼ながらにわかには信じられなくて、検索かけてみたら同じこと言ってる専門 家がいて驚きました。本当だったんですね。 <ここに典拠が付されていたが、BHさんの所属大学が分かってしまうので隠した。(太田)>>
 書いたのはレシェク・ブシンスキー(Leszek Buszynski)日本国際大学教授です。ロシア人なんですかねえ。216から220ページあたりにかけて、レーガン政権が抱いた水平エスカレーション 戦略、その要請に中曽根政権がどのように応えたか、それに対する旧ソ連の反応、最終的にゴルバチョフはどのように対応することにしたか、が説明されていま す。先生のコラムとちゃんと符合しています。

 この1985年の中期防の意図するところを日本人でさえ理解していなかったわけで、そんなので抑止になるわけがないと初めのうちは思っていたのですが、旧ソ連はちゃんとその意図を汲んでいたわけです。イズベスチヤやプラウダにこれは日本の専守防衛という方針を攻撃的なものへと変えるものだという批 判が載ったわけです。ほとんどの日本人はそんなの無視して、自衛隊に積極的な攻撃という役割があるとは露知らず。まさに平和なもんです。

 日本の戦略原潜攻撃はむしろ先制攻撃といえるようなもののわけです。そんなことすれば日本に核が打ち込まれるのではないかという私は疑問に思ったのですが、それについてもこの論文は垂直エスカレーションの可能性として言及しています。

 そこまで読んで、なぜ先生が対潜水艦戦という戦術を「抑止戦略」と呼ぶのかが分かりました。つまり、旧ソ連がヨーロッパで攻勢に出れば極東で裏か ら日米に叩かれる。戦略原潜を失うと旧ソ連の戦略核第二撃能力が著しく低下する。場合によっては、旧ソ連が核を先制使用するかもしれない。このことを両者 がよく理解しているがゆえに、なおさら旧ソ連はヨーロッパで打って出ることができない。であるから、平和が保たれると。つまり、海上自衛隊の対潜水艦戦と いう戦術が「抑止戦略」になるわけです。今まで何度か話題になったことですが、これでようやく全体的に理解できた気がします。

 一つだけ残っている疑問は果たして当時の海上自衛隊に旧ソ連の戦略原潜を攻撃するだけの能力があったのかどうかです。以前、同じ疑問を掲示板で提 示した人がいたはずです。米軍はそれに必要な情報を日本側に提供していたのかどうか、といった質問だったと思います。そのときには質問の意図が私には分かりませんでしたが。

 ゴルバチョフの対応が私には興味深かったです。つまり、これに軍事的に対処しようとするのは金がかかりすぎる。その前にまず内政と経済を立て直す のが先だと。前にも言いましたが、日米は世界一、二位のお金持ち国家ですから、束になって軍拡競争を挑めばどんな相手も打ち負かすことができるでしょう。 少なくとも、伝統的な抑止が通用する相手に対しては。

<太田>
 コラム#30と#58に反応したのは、あなたが初めてです。
 これは、いかに日本の軍事愛好家はもとより、その数少ない軍事研究者や、安全保障に関心のあるジャーナリストや政治家が怠慢であるかを示しています。
 他の皆さんも感想、コメントをぜひお寄せ下さい。
 
>果たして当時の海上自衛隊に旧ソ連の戦略原潜を攻撃するだけの能力があったのかどうかです。以前、同じ疑問を掲示板で提示した人がいたはずです。米軍はそれに必要な情報を日本側に提供していたのかどうか、といった質問だったと思います。

 海上自衛隊独自で各国の潜水艦の音紋の収集・整理をやっており、当時でも相当のレベルに達していました。
 それに当時は、日本周辺には基本的に、日米ソ三カ国の潜水艦しかいませんでした。
 日本の潜水艦の音紋は完全に分かっており、要は米国の潜水艦とソ連のそれとを間違わなければいいわけで、しかも、ソ連の潜水艦なら何でも、種類を問わず攻撃すればよかったのですから、余り悩むような話ではありません。
 なお、当時のソ連の原子力潜水艦は、米国(原子力潜水艦しか持っていない)のそれより静粛性で劣っていたので、それだけでも両者を見分けるのは困難でなかったと思いますよ。

<BH>
 話は変わりますが、裁判の結果残念でしたね。例によって私は経済的には先生のサポートはできませんが、資料提供なんかはできます。
<以下、BHさんのことを慮って省略した。(太田)>

<太田>
 暖かいお言葉、まことにありがとうございます。
 お言葉に甘えさせていただきます。
 ついでに、というと何ですが、来期も名誉有料会員をご継続いただければ幸いです。
 既に、消印所沢さんにも名誉有料会員を継続していただいています。

<太田>
>『孫子』の冒頭の言葉、「兵は国の大事である」という立言に対して、「では、ほかに国の大事があるか?あるならばそれは何か?」ということが問題となります。
>この問題に応えて、杜牧は「国の大事とは、祀(祖先をまつること)と戎(武器=国を守ること)である」と言います。(コラム#1821)

について、大変興味深いので、もう少し詳しく教えていただけないでしょうか。

<読者ε>
 孫子の注釈書に『宋本十一家孫子注』 というのがあります。
 ここでは問題の箇所は以下のようになっております。

本文: 孫子曰:兵者、國之大事【計篇】
注 : 杜牧曰:傳曰:「國之大事在祀與戎」(句読点は『十一家孫子注校理』による)

 「國之大事在祀與戎」(國の大事は祀と戎にあり)というのは、杜牧が古伝から引用したものです。 (原文は別便にてコピーをお送りします)
 ここで『戎』とは武器です。
 字の成り立ちは「戈(ほこ)」+「甲(よろい)」の会意文字です【藤堂明保:学研漢和大辞典・学研】。”戈(ほこ)+干(たて)。干戈を組み合わせた字で、兵器をいい、また軍事をいう”とする学者もいます。【白川静:字通・平凡社】
 いずれにせよ「戎」は武器・軍事のことで、「兵」 とは同じ意味です。
 東夷・西戎・南蛮・北狄という言い方がありますが、この言葉は、西から来た武力に卓越した種族に征服されたシナの歴史を彷彿させます。
 『祀』は、いうまでもなく神や祖先を祀るということです。

 「祀と戎が國の大事であることを説得的に説明せよ」と問われますとそれはわたくしにとって荷が重い設問です。
 断片的にいくつかの問題について卑見は述べてお茶を濁します。

(1)『孫子』では先の言葉にすぐ続いて「(兵=戦争とは)死生の地、存亡の道」とあります。
 こうした戦争において、国のため命を賭した勇士を顕彰することは、戦意を高揚して、ひいては武力を高め、国の存立を確かなものにします。すなわち、護国神社は軍事施設です。日本の軍事的ポテンシャルを低下させることに利益を見る中共政府、韓国政府が靖国神社を貶めることは、まことに理に適った「軍事行動」です。
 国家防衛の能力というとき、武器の物理的能力=戎(核戦力・原子力潜水艦など)もさることながら、国民の気持ち=祀(祖先、伝統、宗教感情、自然観、民族の誇り、日本語を守る気持ち)がまず大切であると考えます。

(2)戦争では独身の若者が主役です。子孫を残さないで死ぬ人も多いです。そのような人の霊はどうなるのか?は重い問題です。この問題を提起した柳田國男『先祖の話』(筑摩書房)をジックリ読んで考えたいと思っています。