太田述正コラム#1858(2007.7.10)
<日本の闇(続)>

1 始めに

 前回は、『東村山の闇』という本(典拠)に記述されているところの、市議転落死事件に関する、千葉英司氏の東村山署副署長当時の捜査指揮への疑問、あるいは当時の東村山署や検察の捜査への疑問には、それなりの根拠があったことが二つの裁判を通じてほぼはっきりしたと言ってよい、ということを申し上げました。
 これは、口幅ったいけれど、典拠の信頼性を見抜く私の力が、改めて裏付けられたことを示すものでもあります。
 更に申し上げれば、これは、日本の裁判制度が、一応機能していることを示すものでもある、と言えるでしょう。

2 インターネットにおける言論の死

 ところが、その私は、同じ事件に関わる裁判で敗訴してしまいました。
 私の側に、千葉氏ら2人を創価学会員であると記すという、勘違いによる単純な誤りや、千葉氏ら4人が疑問ある捜査をした理由について記述するという「問題」があったことは事実です。
 しかし、この私が記した理由は決して私の憶測なのではなく、私が典拠とした本の2人の著者がまさにこの本で言いたかったこと、つまりはこの本のテーマそのものなのです。
 公益に関わる事柄を、公益目的で記しても、その事柄が真実であること、ないしはその事柄が真実であると信じたことに過失がなかったこと、を証明できない限り、なお名誉毀損にあたる場合がある、ということのようですが、第一審と第二審の裁判官は、典拠の信頼性を見抜く私の力など全く評価してくれなかったわけです。
 いずれにせよ、典拠の中で描かれているところの、公益に関わる事柄を、公益目的で好意的にインターネット上で(典拠を明らかにして)紹介しただけで名誉毀損に問われることがある、というのでは迅速性、軽易性、反論容易性等を身上とするインターネット言論は成り立たない、ということに第一審と第二審の裁判官は気付いておられないようです。
 この点を見る限り、日本の裁判は機能していないと言わざるをえません。

3 どうして係争コラムを削除させないのか

 日本の裁判官が、インターネット言論の何たるかを理解していないことは、私に対し、上記の本を紹介したコラム#195の削除を求めず単に損害賠償を求めたところの千葉氏の言うがまま、損害賠償だけを命じた判決を私に下したところに端的に表れています。
 この結果、本件に関して既判力が生じ、千葉氏は、未来永劫コラム#195の削除を求めることができなくなってしまいました。
 千葉氏は50万円でご自分の名誉を売ったと言われても仕方がないでしょう。
 もとより、民事裁判においては、裁判所は、原告が要求していないことを判示することはできません。
 しかし裁判所は、削除を求めない千葉氏の名誉感情なるものに疑義を呈することはできたはずです。
 第一審と第二審の裁判官が、全くかかる疑義を呈さなかったということは、彼らが、名誉毀損出版物は一旦市販または配布されてしまった場合その回収が事実上不可能であるという先入観にとらわれて、ネット上の文書は出版物とは性格が異なる、という基本的なことがお分かりになっていないとしか思えません。
 判決でネット上の文書の削除が命ぜられれば、その文書は削除できるし、その文書がコピーされた先のサイトからも削除できるけれど、判決で削除が命ぜられなければ、この文書が残置され、他のサイトにコピーが繰り返されていくことを防ぐことも咎めることもできなくなるというのに・・。

4 その後の千葉氏の対応

 私は、千葉氏に最後の救いの手を差し伸べました。
 
 千葉氏から届いた、損害賠償金支払催促書と銘打った手紙・・支払わなければ強制執行手続きに移行すると記されている・・に対し、7月5日、私は以下のように記したFAXを千葉氏に送付したのです。

 <引用始め>
 さて、<損害賠償金の支払い>とは直接関係のないことですが、付言させていただきます。
 訴訟中にも申し上げましたが、貴殿が金銭的要求だけされて、ウェッブからの係争コラムの削除等を求められなかったのは私の理解に苦しむところです。
 従って現在なお、この係争コラムは、私の上記ブログ(正確には、勝手連的に私の読者が立ち上げてくれているブログ)と「まぐまぐ」で一般公開されています。
 私が消去していないのは、貴殿がこれを要求されなかったからであり、まぐまぐに関しては、同社の方針で一切コラムの削除や訂正が認められていないからでもあります。(削除するためには、この係争コラムだけでなく、バックナンバーを全部一挙に削除しなければならない。)
 しかも、このブログには、例の『東村山・・』本の広告まで掲載されています。
 これは、このブログの管理運営者たる私のコラム読者が、ブログの管理運営に係るコストの回収のために行っている様々な努力の一環であり、掲載を知った以降も私はあえて削除を求めてはいません。
 また、私自身、最近のコラムで、係争コラムに言及したところであり、今後ともそうするつもりです。
 貴殿が、係争コラムの削除や私の係争コラムへの新たな言及防止をお望みであれば、私としては、貴殿との話し合いに別途応じる用意があることを申し添えます。
 <引用終わり>

 ところが、千葉氏は翌6日、次のようなFAXを返してきました。

 <引用始め>
3 支払いに関係のない要望
  要望の趣旨については、貴殿による慰藉料支払いが完済した時点で、検討することとします。
 <引用終わり>
 
 そこで、私は同じ日に、以下のようなFAXを千葉氏に送ったのです。

 <引用始め>
3 支払に関係のない要望について
  何のことをおっしゃっているのか、私には心当たりがありません。

4 その他
  いずれにせよ、貴殿から特段ご要望がないようですので、係争コラムの太田ブログとまぐまぐへの掲載は続けますし、新規コラム中で係争コラムに言及することも今後とも続けることにします。
 <引用終わり>
                          
5 感想

 私の裁判の第一審の加藤謙一裁判長は、永住帰国した支那残留日本人孤児の損害は戦争被害であり、国に早期帰国や自立支援の義務はなく、違法行為もないとして、国の責任を認めず、孤児達からの国への損害賠償請求を全面的に退ける判決を下した(
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20070131/mng_____sya_____009.shtml
。1月31日アクセス)人物です。
 しかも彼は、その判決文に「土匪(どひ)」「鮮人」「満人」といった時代錯誤的な用語を多用した(
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20070308/mng_____sya_____008.shtml
。3月9日アクセす)ことで国内外の顰蹙をかった判決(
http://www.nytimes.com/2007/03/06/opinion/06tues3.html?_r=1&oref=slogin
。3月9日アクセス)を下した人物でもあります。
 これだけ時代からズレでいる裁判官達だからこそあのような、インターネット音痴の一審判決が飛び出したのだと思い、私は第二審に期待をかけたのですが、その期待は完全に裏切られました。
 東京地裁にしても、東京高裁にしても、裁判官中の俊秀が集まっている所のはずです。
 日本の闇は深い、と言わざるを得ません。