太田述正コラム#1860(2007.7.11)
<日本の闇(続々)/原爆投下>

1 始めに

 バグってハニー(BH)氏からメールがあったので、例によって分断して転載し、その都度私のコメントを付す対話形式のものに仕立てました。
 事柄の性格上、本篇は原爆投下に係る部分を含め、即時公開します。

2 日本の闇について

<BH>
>千葉氏ら2人を創価学会員であると記すという、勘違いによる単純な誤り(#1857)
>千葉氏の背後に創価学会の影がちらついている(#1856)

 元署長を創価学会員にしてしまったのは早とちりだったかもしれませんが、それと元署長が実際に創価学会員であるかどうかは別の問題ですよね。前から気になっていたのですが、元署長の裁判書類には以下の記述があります。

>むしろ、公務と無関係な原告の宗派を特定し公表した本件記事は先行記事よりも悪質性が高いのである。(裁判雑記(続)(その3))

 これは要するに、週刊誌の記事や本では、元署長の宗派は特定されておらず公表もされていなかったのに対して、太田コラムでは元署長が創価学会員であることが特定され公表されているのでもっと性質が悪い、という意味なのでしょう。
 気になるのは「宗派を特定し公表した」という書き方です。
 もしも、元署長が創価学会員でなければこんな書き方はしないのではないでしょうか。
 たとえば、「太田コラムは原告が創価学会員であると決め付けて、自分の信じる教団の利益のために杜撰な捜査を行ったと誹謗中傷した」なんて書き方になるのではないでしょうか。断言はできませんが、元署長は創価学会員なのだと思います。

 つまり、この方は、太田氏が何らかの手段で自分の宗教を特定し、記事や本よりももう一歩踏み込んで攻撃してきた、と思い込んでいるのと違いますか?
 もしも、仮に元署長が創価学会員だとすると、市議の万引き事件を執拗に捜査したり、飛び降りを怠慢捜査ですぐに自殺と断定したりしたとしても不思議ではないですよね。動機があるんですから。

<太田>
 通常の創価学会員であれば、三日にあげずお題目を唱えたりしなければならないところ、東村山署元副署長の千葉英司氏にはそのような形跡はないということなのでしょう。
 もとより、同氏がいわゆる隠れ創価学会員である理論的可能性は排除できませんが、隠れ創価学会員なるものが本当に存在するのかどうかも含め、私には分かりません。
 いずれにせよ、私が、カトリック教会と創価学会をほぼ同列視していて、どちらも好きではないことはお分かりのことと思いますが、だからといって私は、個々の創価学会員に対し、個々のカトリック教徒に対してと同様、特段の偏見を持っているわけではありません。
 創価学会員であると「誤認」されたら、そうではないと指摘し、訂正を求めればよいだけのことなのに、「誤認」にいきり立った千葉氏の心情がいまだに私には理解できない、というのが正直なところです。

<BH>
 私自身はこの転落事故は自殺だと思っています。
 というのは、飛び降りてからすぐに死んだのではなく、下に入っていたモスバーガーの店長が助けに駆け寄ると救急車の申し出を断ったそうなのです。殺されかけた人のとる行動じゃないですよね。
 また飛び降りのあったビルは、駅前のロータリーや交番から丸見えの位置にあって、誰かを無理やり連れて行くのは難しい、という意見も耳にしたことがあります。
 今の日本のような開かれた社会で陰謀・謀殺がひっそりと進行しているというのは私にはどうしても受け入れられないです。

<太田>
 飛び降りた市議には精神的な疾患があったわけでもなければ自殺する動機もなかった、そんな人間が自殺をしようとするだろうか、ということが例の本で縷々説明されています。
 残念ながら、今となっては、自殺であったかどうかの決着をつけることは不可能でしょう。
 ただ、

>今の日本のような開かれた社会で陰謀・謀殺がひっそりと進行しているというのは私にはどうしても受け入れられないです。

は、日本政府については私も同感ですが、暴力団のようなグループや保険金詐欺を企むような個人についてはあてはまらないことは、申し上げるまでもありません。

<BH>
 ところで、提案があるのですが、いまどきアンチ創価学会というのはそこそこ需要があるので、そういう人たちに訴えられるようにまとめサイトを作ってみてはどうでしょうか。
 太田コラムを初めて目にする人には今の状態ではちんぷんかんぷんですよね。詳しく知りたければ、太田コラムから関連するコラムを探し出して熟読しないと事件の全容がつかめないです。これだと支援の輪は広がらないと思います。
 そうじゃなくて、時系列を追って事件の全容を簡潔にまとめたサイトを作って、必要に応じて適宜対応する太田コラムが呼び出せるようにすれば、一般大衆には受けがいいと思います。そして、創価学会批判を行っているブログやサイトにトラックバックや相互リンク、紹介宣伝をお願いするのです。
 ちなみに、言い出しといてなんですが、明後日から夏休みに入るので私には無理です。
<太田>
 太田ブログを管理運営していただいているタテジマさん。
  私のコラムのバックナンバーの分類を呼びかけていただいていますが、上記提案を実行に移してくださる読者の募集もやっていただければ幸いです。

3 原爆投下について

<BH>
 もうひとつ、全然別の話題。情報屋台のコメントに対するコメントです。
 片方で日本の核武装を訴え、他方で原爆は国際法違反だと訴えるのは首尾一貫していないのでは。
 原爆が用いられた状況とか、保持することと使用することはまったく別次元だ、などという言い方はできると思いますが、それでも核兵器を使用しづらくする世論を喚起することは、どう考えても核による抑止力を低減させるだけだと思います。
 久間前大臣のニュースを読んでると、語り部・被爆者の方が「終戦を早めたのはソ連参戦というのは常識だし、原爆は国際法違反!」と太田氏と同じように語っていて、「だから核は廃絶しなければならないし、被爆国・日本はそれを主導しなければならない」と言葉を継いでいました。

<太田>
 当時の国際法では、一般市民の殺戮を目的とする軍事力の行使は禁じられていましたが、化学兵器に関しては一般市民の殺戮を目的としない形の行使も禁じられていました。
 ところが、その化学兵器の保有は禁じられていませんでした。
 それは、敵が化学兵器を使用した場合に報復することは認められていたからです。
 つまり、抑止力としての化学兵器保有は認められていたということです。
 だからこそ、先の大戦では、主要国はすべて化学兵器を持っていたけれど、基本的に科学兵器は使われなかったのです。
 (本来は、詳細な典拠をつけなければならないところ、ご勘弁を。)

 さて、上記ロジックを踏まえれば、現在の国際法でも、核兵器の行使については、一般市民の殺戮を目的としない形の行使も含めて禁じられているが、抑止力として核兵器を保有することは認められている、と考えるべきでしょう。
 私の核保有論は、このようなものとして唱えているつもりです。
 私が積極的な核保有論者ではないことも、お分かりいただいていますね。

 なお、米国の核抑止力に依存するとの現在の日本の「政策」は、米国が核の先制使用を否定していないだけに、米国が核を使用した場合、日本が米国とともに国際法違反の連帯責任を負わされる、というリスクがあることに注意が必要です。