太田述正コラム#1619(2007.1.15)
<日本の科学技術の源も江戸時代?(その3)>(2007.7.18公開)

 (コラム#1618の「ベートーベン」は、「ベートーベン(1770〜1827年)」に、「以上、石川 前掲 214〜215頁」は、「以上、石川『大江戸テクノロジー事情』前掲 214〜215頁」に訂正します。)

 (3)日本の科学の限界?

 いずれにせよ、日本の科学は、江戸時代の蕃書調所において、上からの、しかも「西洋」科学の輸入という形で始まったわけです。
 換言すれば、自由・民主主義や技術とは違って、科学は江戸時代の日本に内在的に存在してはいなかったということです。
 石川英輔氏は、「昔の日本人は、・・・科学的なことを・・どうもわざと抑制していたとしか思えない・・・あらゆることを理論的に突き詰めようとはしないところがある。複雑な問題をより単純化するのが立派なことだ、という発想自体が根本的に欠けているのです。」と指摘した上で、その原因として、「当時の日本人の80%以上は農民で、武士も、大部分の身分の低い人たちは、生活のために田畑を耕していました。そういう農業社会では、物事の因果関係がはっきり目に見えます。植物栽培は、機械の製造のように人の思い通りにはなりませんから、社会の変化を促進することに対して慎重な態度になった」ことを挙げておられます(『大江戸テクノロジー事情』前掲 333、340頁)。
 石川氏の言うことが正しいかどうかを論ずるまでもなく、私は、演繹科学を生み出したギリシャ人と経験科学を生み出したイギリス人(コラム#46)を除き、人類の大部分は本来科学的思考とは無縁なのであって、日本人もまたそうであっただけだ、と単純に考えています。
 ですから日本人は卑下する必要は必ずしもないのです。
 しかも、どの国においても、一旦科学的思考の何たるかを知れば、後はカネさえあればある程度科学は発展して行くものであるらしいのです。
 科学的思考が内在的に存在していたとは思えないロシアで、ソ連時代に科学が大きく発展した原因の一つは科学に多大な資金が投じられたからだ、とMIT のローレン・グレアム教授は指摘しています。
 少し長くなりますが、教授の発言をそのまま掲げましょう。

 「ソ連の科学は、一部の分野ではかなり優秀だった。とくに数学と理論物理学だ。私は1970年代に、ワシントンの米国科学アカデミーによるソ連の科学に関する調査に参加したが、結論として、理論物理学と数学の一部の部門においてソ連は、アメリカを含む世界のどの国とも渡り合えると述べられていた。私が不安な気分になると言った理由は、創造性は、自由と結びついていると考えたいものだからだ。少なくとも私は、そう考えたい。創造性が自由と結びつくのは当然だと考えるのは、気分がいい。
 だが、ソ連の科学の歴史を見ると、最高の実績は、最悪の時代に残されているんだ。今も空を飛んでいる航空機「ツポレフ」の名は、君もたぶん聞いたことがあるだろう。この航空機の設計者は、ソ連の刑務所で長い年月を過ごしていた。
 ソ連のロケットについても、聞いたことがあるだろうね。ロケット工学の中心人物セルゲイ・コロリョフも、獄中で何年も過ごした。もしかしたら、レフ・ランダウの名前も聞いたことがあるかもしれない。ソ連の偉大な物理学者で、ノーベル賞を受賞した彼が、リフシッツという人物と共著で書いた物理学の教科書は、世界中のほぼすべての物理学者に知れ渡っている。
 出版活動という点で、ランダウにとって最良の年は1937年だった。それは、スターリン粛清の最盛期で・・人々が次から次へと逮捕されていた時期だ・・ランダウは、非常に独創的な科学者だったにもかかわらず、一年後に逮捕されてしまった。
 偉大な人権擁護者で、ノーベル賞を受賞したアンドレイ・サハロフは、もっとも独創的な研究を、政治犯に囲まれた収容所生活の中でおこなった。窓の外を眺めれば、強制労働に向かう囚人たちの歩く姿が見えるとはいえサハロフ自身はイゴール・タムと並んでテーブルに向かって座り、核融合エネルギーに対するある取り組み方を考案していた。
 彼の方法は、今も世界中で利用されている。すなわちサハロフは、もっとも信じられないほど抑圧的環境の中で、すばらしい研究をおこなったわけだ。だから、創造性と科学と自由はしっかりと結ぼれていると主張するには、ロシアの歴史のとんでもなく多くの部分に、目をつぶらなければならないわけだ。
・・・スターリンは、自分を脅かしかねないどんな種類の力に対しても、非常に嫉妬していて、なにかにすぐれた能力をもっ人物‐‐理論物理学でも、数学でも、架橋工事でも、航空機の組立でも‐‐には、その分野で世界一かそれに近い存在かもしれないというだけで、スターリンの判断に疑問を差し挟む権限が与えられるなどとは、思わせたくなかったんだ。
 だからときどき、彼らを押さえつけていた。それは、弁解の余地がないほど高くついた。私が間違っているのかもしれないが、スターリンはそのように考えていたのだと思う。
・・・その後、1991年まで時代が飛ぶと、鉄のカーテンは壊され、科学者は自由を手に入れた 。 だが、ロシアの歴史には、落ち着かない気持ちにさせられる出来事が数多く あるというテーマは継続していて、科学者は自由を手にしたとき、創造性を失ってしまった。ロシアの科学がもっとも成功をおさめていたのは、警察国家だった時代で、人々が次から次へと投獄されていたころだったんだ。
 1991年以降、この国は大幅に自由な国となっている。完全に自由な国はありえないし、もちろんロシアも完全に自由ではない。だが、現在のロシアにおけるいくつかの制限の範囲内であれば、言いたいことが言えて、したいことができる。けれども、ロシアの科学成果は非常に低調だ。
 もっとも的を射た説明は、ロシアの科学者には自由はあるとしても、お金がないからということになり、これもまた、少々落ち着かない気分にさせられる対立につながっていくんだ。
 自由とお金・・科学にとってどちらのほうが重要なのか ? 二つの意味において、どうやらお金のほうが自由よりも重要らしい。スターリン統治下のソ連時代の間、ロシアの科学にはお金がたくさんあった。スターリンは、科学者を資金面では優遇していたんだ。一方で、科学者を逮捕し、刑務所に入れ、非常に手荒にあつかった。それでも研究面では、ロシアの科学者はかなり成功をおさめていた。
 ソ連の消滅以降、科学者は自由を手に入れたが、研究費がないため壊滅的状態にあるわけだ。このことで、私たちの抱く幻想の一部が取り去られたと思うね。科学にとって自由は不必要だという結論を出すつもりはない。もし自由とお金の両方があれば、科学はもっとも成功をおさめるはずだ。でも、私たち はいつもよりも少し世間慣れした自分になって、現代の科学的研究には非常にお金がかかることを認識すべきなのだと思う。
 今でも、黒板の上や封筒の裏側を使って重要な研究ができる分野も、少しはあるかもしれないが、そういう分野の数は、昔よりもはるかに減っているのだから、科学者が資金援助を受けられなければ、自由だけでは大した成果はあげられないね。 」(注2)
 (「話す科学」株式会社不空社 2005年 より。一有料読者からのご教示による。)

 (注2)グレアム教授は、ソ連のイデオロギーであったマルクス主義は、欧米におけるキリスト教同様、科学の発展にとってどちらかと言えばプラスに働いたとも指摘している。これも興味深い論点だが、キリスト教と科学の関係について、いずれバグってハニーさんが取り上げてくれるのを待つことにしたい。

(続く)