太田述正コラム#1625(2007.1.18)
<イギリス大好き人間の弁明(その1)>(2007.7.23公開)

1 始めに

 私がイギリス大好き人間(Anglophile)であることは自他共に許すところです。
 それに対し、ある西欧在住の読者から、次のような疑問が投げかけられました。

 「イギリスには徳がありません。徳をすべて説明することなど私にはできませんが、無理に簡単にいうと、まず基本として仁義礼智信の五つの徳があると思います。イギリス人は、法や約束などをよく守りますし、情報をよく集め理性的に分析しているそうですから、義礼智信の四つまでは問題ないと思います。しかし一番肝心だと思う「仁」がまだ見つかりません。いつか見つかるでしょうか。また、インドの惨状などを考えると、植民地統治の手腕を褒め称える気になれません。カナダやアメリカ合衆国のように原住民がほぼ全滅させられた地域よりも、メキシコ以南のように結果としてヨーロッパ人との混血が進んだ地域の統治の方がましだったように思えます。」

 以下が私のお答えです。

2 「仁」について

 儒教に言う徳には、ご指摘のように仁義礼知信があるわけですが、すべての徳のベースに仁があるとされています。
 その仁にも深さがあって、孝悌、恭敬、忠恵、寛恕の順に深くなって行き、最も深い仁が忠恕なのだそうです。
 (以上、
http://rongo.jp/kaisetsu/rongo.php?81,1
(1月18日アクセス)による。)
 『新字源』によると、忠恕とは「真心と思いやりの心」であり、『大辞林』によると真心とは「他人のために尽くそうという純粋な気持ち。偽りや飾りのない心。誠意」ですから、要するに仁とは、「純粋な気持ちで他人のことを思いやる心」のことだと考えて良いでしょう。

3 イギリス・イギリス人・仁

 さて、イギリスないしイギリス人には仁がない、というご指摘ですが、イギリスの人類への最大の貢献の一つは、国家と(仁であれ何であれ)徳、すなわち道徳、とを分離することが可能であることを示したことだと私は思うのです。
 イギリスにおいては、歴史始まって以来、国家なるものは主権の存する議会の多数意思を効率的かつ効果的に実行すべき機関に過ぎませんでした。つまり、国家は単なる手段だったのです。
 このような国家観は、国家は国民の基本的人権を侵してはならないという立憲主義が生み出したと言えるし、逆に立憲主義がこのような国家観を生み出したとも言えるでしょう。

 これに対し、例えば、支那では孟子(BC372?〜BC489?)によって、君主が道徳の体現者として民を統治する徳治主義の考え方が生まれます(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%9F%E5%AD%90
。1月18日アクセス)し、西欧諸国では、初期においてはカトリシズムが信奉され、宗教戦争の時代を経て、その後は民主主義独裁の各種イデオロギーが信奉されており、支那と西欧のいずれにおいても、国家と道徳は分離されることがありませんでした。

 支那では今でも国家と一体である中国共産党が国民に対し、かつてはマルクス・レーニン主義的道徳、そして最近では儒教的道徳を押しつけていることはご承知のとおりです。
 では西欧ではどうか。
 EU加盟国のうち9カ国がホロコースト否定論者を刑罰の対象としていますが、このことからも、依然として西欧では国家と道徳とが分離していないことが分かります。
 つい先だっても、ドイツの法相が、EUの全加盟国がホロコースト否定論者を刑罰の対象とするとともに、ナチスのカギ十字の使用も刑罰でもって禁止することを提案しました(
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/story/0,,1992760,00.html
。1月18日アクセス)。
 これは、ナチスドイツの被害を受けたユダヤ人を始めとする人々及びその子孫・関係者に対する仁の発露であることに違いはないのですが、イギリス人にしてみれば、国家による思想や表現の自由という基本的人権の侵害を求める提案であり、このような提案を疑問視しない西欧の国家観は、支那の国家観同様、イギリス人には到底受け入れることはできないのです(ガーディアン上掲)。

(続く)