太田述正コラム#1890(2007.8.2)
<危機的状況に陥った日米関係(その1)>

 (本篇は情報屋台用のコラムを兼ねており、即時公開します。)

1始めに

 米国を宗主国、日本を保護国とする日米関係は、戦後60年以上も経過した現在、このまま維持することはもはや困難になりつつあります。
 問題は日本が米国から「独立」を果たした時、日米が正常な友好的二国関係を構築し、維持して行くことができるかどうかです。
 私は、危機的状況に陥っている現在の日米関係を見ると、それは困難ではないか、という強い危惧の念を抱いています。

2 米下院慰安婦決議

 米下院は7月30日、いわゆる慰安婦問題で日本政府に公式謝罪を求める対日非難決議を本会議で採択しました。
 この決議は、慰安婦制度は残虐性や規模の面で前例のない20世紀最大の人身売買の一つだとした上で、日本政府は、旧日本軍が女性を慰安婦なる性奴隷にした事実を認めて公式に謝罪せよ、またかかる事実を否定する主張に対しては公式に反論せよ、と要求しています(
http://www.chosunonline.com/article/20070801000030
http://www.chosunonline.com/article/20070801000031
。どちらも8月1日アクセス)。

 この決議に対する日本国内の反応ですが、讀賣新聞(
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20070731ig90.htm  
。8月1日アクセス)のように「事実誤認には、はっきりと反論しなければならない。誤った「歴史」が独り歩きを始めれば、日米関係の将来に禍根を残しかねない。・・慰安婦の強制連行を裏付ける資料は、存在しなかった。日本政府も、そのことは繰り返し明言している。」と毅然と反論する新聞もあれば、東京新聞(
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2007080102037660.html
。8月1日アクセス)のように「決議は米国民を代表する議員の意思表示で、重い。重要な同盟国からの忠言のニュアンスもあり、真剣に受けとめるべきだ。・・軍による強制の有無以前にその意思に反して強いられた大量の従軍慰安婦が存在し、慰安婦システムそのものを黙認したこと自体が人道に反し、後世に裁かれるべき歴史の暗部であったことに異論はないはずだ。時代のせいにはできない。」と米下院に迎合する新聞もあります。

 私は、東京新聞的な意見にはもとよりですが、讀賣新聞的意見にもなおあきたらないものがあります。

 私は、次の2点に注意を喚起したいのです。

 米下院議員達は、日本政府が、安倍首相自身の国会答弁において、そして内閣が決裁した(質問趣意書に対する)答弁書において、慰安婦の強制連行を裏付ける資料が存在しないことを明確に述べていること、すなわち、日本政府が、決議を推進している米下院議員達の事実誤認に対して「はっきりと反論し」(讀賣新聞上掲)ていることを百も承知した上で決議を採択した、ということが第一点。

 加藤良三駐米大使が恐らく安倍首相の強い指示の下、米下院の有力議員達に7月22日付で送った書簡において、この決議が採択されれば、「日米間における現在の深い友好関係、親愛なる信頼感、そして広汎な協力関係に対し、永続的かつ有害な影響を与えることはほとんど確実である」とし、日本は、つい最近イラク復興支援に対する協力を更に2年間延長することとしたばかりだが、日本はイラク復興支援に関して米国に次ぐ資金を拠出している等米国のイラク政策を全面的に支持している数少ない国の一つであるところ、この政策を見直すことになるかもしれない、と忠告した(
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/07/17/AR2007071701802_pf.html  
。7月19日アクセス)にもかかわらず、このような「重要な同盟国からの・・重い・・忠言<を>・・真剣に受けとめ」(東京新聞上掲)ずに決議を採択した、ということが第二点です。

 これは、米下院の大部分の議員達が、日本政府が証言した事実を頭から否定し、日本政府が異例なまでに率直に述べた意見についても一顧だに与えなかったということです。

 そうである以上、行政府たるブッシュ政権は立法府たる米下院を本件で批判してしかるべきところ、スノー大統領報道官は7月31日、「現時点で(下院と日本政府の)どちらかを支持するものではない。」という煮え切らない態度であり、更にあきれたことには、米下院外交委員会は同じ7月31日、上記慰安婦決議とバランスをとるためと称し、日本を「米国のもっとも信頼する安全保障上のパートナーの一つ」と位置づけ、日本のイラクやインド洋での国際貢献を高く評価する決議を採択したのです(
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070731i416.htm
。8月1日アクセス)。
 米下院がやったことは、左手で日本に平手打ちを食らわし、右手で日本の頭を撫でたに等しい、と言えるでしょう。

 以上を客観的に総括すれば、米国政府は、立法府・・正確にはその半分・・も行政府も、日本政府を子供扱いし、その証言能力を認めず、意見は聞き流すだけで、頭を撫でてこの子供が持っているカネだけはむしり取り続けよう、という魂胆であるということにならざるをえません。

 ですから、米国政府は厳しく非難されてしかるべきです。
 参院選の結果ばかりに目を奪われて、この問題を等閑視している日本の政治家達やメディアはどうかしています。

 ただし、米国の対日観がこんなことになってしまったのには日本側にも責任があることを忘れてはならないでしょう。
 米国が一番重視する安全保障問題で、日本の歴代政権が米国に対してウソばかり言ってきた(注1)からこそ、米国は日本政府の言うことなどまともに取り合わなくなってしまったのです。

 (注1)直近の小泉政権について、
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/sunohara/index.html 
(8月1日アクセス)参照。
    いささか旧聞に属するが、私自身の経験を一つ申し上げよう。
    レーガン政権初期の1980年代前半において、米国は日本に防衛努力強化を強く求めたが、日本政府は、その必要性は認めつつも、日本には憲法上の制約がある・財政上の制約がある・世論の制約がある、と言って結果的には防衛力整備ペースを全く変えなかった。
    しかし、憲法上の制約下でも防衛努力強化はできるし、財政上の制約があっても防衛予算の優先順位を上げることはできるし、世論に対して働きかけることもできるのだから、これらは全て見え透いたウソだった。
    当時私は防衛庁防衛課の総括・政策班長をしており、対米交渉の際の発言要領や国会答弁資料の原案を上記のラインで作成し、当時外務省安全保障課の首席事務官をやっていた(大学時代教養学部で同級生だった)高橋文明とその都度調整したが、二人で全部ウソっぱちだよな、と言い交わしながら調整したものだ。

 その結果、日本政府が衷心から本当のことを言った今回のようなケースまでも、米国はまともに取り合わなくなってしまったわけです。

(続く)